EPADのアーカイブ活動を支える”寺田倉庫”に迫る。
寺田倉庫株式会社(以下、寺田倉庫)は、美術品・ワイン・映像メディアの保管事業を中心に、それらを活用するためのギャラリーやラウンジ、検索システムなども兼ね備えて提供する倉庫会社だ。
実は、EPADが収集した舞台公演映像のデータは、この寺田倉庫の、オフラインストレージに保管されている。
これまで収集した舞台公演映像は2700を超えるEPAD(2024年3月時点)。それだけの作品がもつデータ量は非常に膨大であると想像がつくが、寺田倉庫はいったい、預かった映像メディアをどのように保管しているのか。EPAD事務局による見学レポートを紹介する。
訪れたのは、東京港区にある寺田倉庫のメディアセンター。映像事業の中核となる建物だ。
映像事業は、1984年にテラダフイルムセンターという名称で立ち上がり、映像テープの保管サービスから事業を開始した。その後、2003年にこのビルが建設され、映像データのアーカイブ事業に特化した建物として機能していく。なんと277,000時間分(24時間放送を想定すると約32年弱 ※取材時)のストレージを保持しているそうだ。
建物内を案内していただいたのは、アーカイブ事業グループの緒方靖弘さんと星彩子さん。
「保管」の前に必要なこと
最初に紹介されたのは、保管庫……ではなく、過去の映像が記録されたフィルムであった。このフィルムには、今から約90年前に開催された、都内有名神社でのお祭りの様子が記録されている。
映像を保管するにあたり、寺田倉庫はまず、それらのデジタイズ(データ化)作業を行なっている。預かった映像を後世まで残し、今後も活用していけるようにするためだ。47万時間を超えるデジタイズの実績をもっており、このフィルムも、寺田倉庫がパートナー企業とともに、デジタイズを行ったそう。
隣には、同じく1930年代に開催された、競馬映像が映されていた。これも元はフィルムで、デジタイズ作業を行なっている。
ちなみに、前述のお祭りと競馬、この2つの映像は11分尺・15分尺と、時間に大きな差はないものの、フィルムの保管環境の違いにより、デジタイズ作業にかかった期間は、3ヶ月・2週間と大きな差があるそうだ。
100年近くも前の時代を生きていた人たちが”動いている様子”というのは、見ていて非常に新鮮である。「この時代を生きた人がいたのだ」と、当たり前のことに改めて驚く、不思議な体験をした。
自分の人生と、映像に映る人の人生、同じ長さの時間を使って分析します
次の部屋では、作業の様子を見ることができた。
まずカラーコレクション(通称:カラコレ)を行う機械を見せてもらった。カラコレとは、映像の色彩を整える作業のこと。
写真右のモニターには、1970年代の映像が映されている。フィルムが劣化していたことでデジタイズした映像も赤茶けていた。この赤味を少し引き算するなどして、当時の映像に近い状態になるよう、チューニングをしているのだそう。
この機械の隣、壁を隔てた先では、専門のスタッフが、過去のテレビ番組素材のデジタイズ作業を行なっていた。これらの作業は、1人がひとつずつ、その映像の時間分だけ、作業に向き合う必要がある。緒方さんは「自分の人生と、映像に映る人の人生、同じ時間分を使用して作業をしています」という言い方をしていた。
デジタイズやカラコレ。実時間を必要とし、労力のかかる作業ではあるものの、いつか未来の人たちが、今この時代を”過去”として見るときに、ここで人生の時間を使って残していった映像は、とても貴重な財産となるのだろう。
揺れ、水気、病気に強い倉庫を備えて
「ここからは、倉庫らしい場所をご案内します」と緒方さん。小型車が1台は乗りそうなほど広いエレベーターで上の階へ。フィルムを保管している場所へと案内された。
それは、冷蔵庫であった。温度2度、湿度30%程度と、非常に寒い状態である。劣化したフィルムは、中の酢酸が空気中の水分と混ざるときに起こる化学反応によって、非常にすっぱい匂いを発するのだが(ビネガンシンドローム)、これはフィルム自体を傷める危険性があるので、冷えた場所に保管することで、その進行を遅らせているのだそう。
また、フィルムは冷やしていても微弱に酸を発生するため、自己破壊が起きてしまうのだが、庫内を常時換気することでそれも防いでいるそうだ。
さらに、外部と冷蔵庫の行き来をする時に、急激な温湿度変化によりフィルムが結露することを避けるため、冷蔵庫の手前に、10〜15度を維持している部屋が存在した。フィルムを冷蔵庫から取り出す際は、外気よりは寒く、冷蔵庫よりは温かいこの部屋で、2日間以上慣らすそうだ。
次に案内されたのは、テープ類を保管している倉庫。可動式の棚が数列並んでいて、各棚はびっしりと保管品で埋め尽くされていた。耐荷重は1平米あたり2トンもあるそうで、一般的なオフィスが1平米あたり300~350kg程度であるのに対し、非常に頑強なスペースであることがわかる。
基礎免振構造を備えているほか、大きな地震が発生した際には、可動式の棚が揺れに合わせて動くことで、保管品に強い振動が伝わることを防いでいるのだそう。ほかにも、棚の角度を工夫して床面に保管品が落ちないような設計にしたり、トイレなどの水回りは1階のみ、壁や空調の近くには漏水検知体を設けるなどしていて、預かったものを大切に保管するための、揺れや水気への備えは万全であった。東日本大震災における事業ストップもなかったという。
活用しやすい、アーカイブシステム
ついに、オフラインストレージの見学へ。
そもそもオフラインストレージとは、名前の通り「オフライン(=ネットにつながっていない)」倉庫のこと。外部のインターネット接続を行っていないので、安全性が高い。ここに、EPADが収集した2700以上の舞台公演映像が大切に保管されている。
また、寺田倉庫には、「Terra sight」(テラサイト)というWEB検索システムが存在する。
預かった映像を、関連ワードによって検索ができるほか、ファイルサイズを圧縮した(画質を落とした)プロキシ動画によって、映像をプレビューすることもできるそうだ。
ユーザーは、Terra sight上で映像取り出しの指示を出すこともできる。大切に保管されている映像データであるが、このように、簡単に利活用することもできるのだ。
大いに充実した設備とシステムをもつ寺田倉庫。特にTerra sightはクライアントであるコンテンツホルダーの要望を積極的に取り入れてシステムのアップデートを重ねているそうで、緒方さんは「これらはお客さまの知の結晶です」と、胸を張って語った。
舞台芸術アーカイブの下支え役として
実はEPADは、ここまでレポートした「寺田倉庫」と、日本の舞台芸術業界の振興を図るための組織「緊急事態舞台芸術ネットワーク(JPASN)」の共催で始動した事業なのだ。
倉庫内を案内いただいた緒方さんは、EPADの理事も務めている。最後に、EPAD事業への想いについて話を聞いた。
「当社では数多くの映像データをお預かりしていますが、EPAD事業への参加に声がかかった当初、舞台芸術業界とのつながりはなく、舞台公演映像のデータをお預かりすることも、ほぼありませんでした。舞台芸術に関する知識もコネクションも少ないので、アーカイブやその利活用のための下支え役という想いで、この事業に携わりはじめました。
事業を進めていく過程で、そもそも舞台公演の映像を預けようとする団体自体が少なかったことに気がつきました。収録会社に頼まず、内部で記録映像を撮影する程度で済ませる団体も多かったのです。
映像は、デジタルアーカイブ化の緊急性が高いものであるといえます。たとえば、筆で書かれた昔の書物など、物理的に存在する資料は、保管環境が良ければ数百年ほど状態を保つことができますが、映像は、対応する再生機がなくなれば視聴できなくなるので、朽ちるまでの期間が短いのです。
『マグネティックテープアラート』とユネスコが警鐘を鳴らしていて、2025年を目途に世界中の磁気テープがどんどん視聴不可能になっていくといわれています。
舞台芸術作品は、映像を収録しても、その作品を表す完璧なアーカイブにはなりません。生で上演されるものであり、完成形がその場で消えゆくのですから。EPADは、舞台公演”映像”や関連資料のデジタルアーカイブ化を進めていますが、舞台芸術”作品”のアーカイブ化はどのようにしたら実現するのだろうか……と、興味深い問いも持ちあわせながら、この事業に向き合っています。」
取材:北澤芙未子(EPAD事務局)
文:臼田菜南(EPAD事務局)
写真:サギサカユウマ