【レポート①】2024年度事業報告シンポジウム「舞台芸術アーカイブの到達点と展望~EPAD2024の成果から考える~」

2024年12月3日、EPADの2024年度事業報告シンポジウムが紀伊國屋ホールにて開催された。
今年度の事業成果報告を行うとともに、各地域の公立文化施設での上映実証や教育分野での利活用の実践といった取り組みについて振り返り、今後の展望を議論した3つのシンポジウムが行われた。
この日の最初のシンポジウム 「舞台芸術アーカイブの到達点と展望~EPAD2024の成果から考える~」には、吉見俊哉(デジタルアーカイブ学会会長/國學院大學教授)、岡室美奈子(早稲田大学文学学術院教授)、福井健策(EPAD代表理事)が登壇、伊藤達哉(EPAD理事)が司会をつとめた。この模様をレポートする。
[シンポジウム②「公立文化施設が舞台芸術デジタルアーカイブを活用する未来」のレポートはこちら]
[シンポジウム③「教育分野での舞台公演映像活用の可能性」のレポートはこちら]
シンポジウム冒頭に福井からEPADの本年度の事業成果を報告。EPADの活動の5本柱である①保存・継承②情報の整理・権利処理サポート③作り手と観客の新たなマッチング④教育・福祉等へのパッケージ提供⑤ネットワーク化と標準化 それぞれについて成果を伝えた。[この報告は後日EPADウェブサイトにアップ予定]
①保存・継承
新たに1000作品以上の収集、デジタルアーカイブをおこない、「EPAD作品データベース」での公開・作品検索可能化を進めた。
1000作品のうち、507作品がセレクション(公募)により新規収蔵され、約500作品が協力団体のもとで公演映像が収集された。協力団体の数は歴代最大規模。さらに39作品の高画質収録やドキュメンタリー製作をサポート。
②情報の整理・権利処理サポート
専従チームによる権利処理サポートにより、130作品以上の映像が配信・上映公開可能となった。
③作り手と観客の新たなマッチング
【上映会・鑑賞ブースの実施】
上映会「EPAD Re LIVE THEATER〜時を越える舞台映像の世界〜」が、東京芸術祭を含む全国各地で行われた。8K映像を活用した新たな上映体験の検証事業や、ミニシアター形式で歴史的名作の上映、鑑賞ブース、さらに公立文化施設の巡回上映スキーム確立のための上映会、他団体での8K上映会協力といった、収集した映像を観客に届けるためにさまざまな形式で上映会が実施された。[くわしくはシンポジウム②]
【多言語事業】
国際交流基金プロジェクトSTAGE BEYOND BORDERSとの協働により累計61作品を配信。今年度は新たに10本の作品を配信した。
また今年度は字幕付与の低コスト化検証としてAIを使用した英語翻訳にも取り組んでいる。
④教育・福祉等へのパッケージ提供
【ユニバーサル事業】
ユニバーサル事業においてはTHEATRE for ALLと協働し、収録作品に字幕や音声ガイドなどの情報保障をつけて作品映像を配信。今年度は6作品の情報保障付き配信が決定した。
【教育利用】
教育利活用プロジェクトでは、収集作品の非営利での教育利用を促進すべく、有識者会議による教育開発、解説テキスト・動画の作成、映像視聴環境の導入を進めている。今年度は新たに小・中学校教育への活用検討も進めている。[くわしくはシンポジウム③]
⑤ネットワーク化と標準化
未来のためにより多面的な資源を残すべく、舞台芸術のさまざまな機関と連携。舞台映像だけでなく、戯曲や美術など、様々なデータベースにアクセスできる。さらに今年度は、「EPADデジタルアーカイブの初等中等教育利用に関する調査」を実施中。
以上5本柱の取り組みを紹介した上で福井は、「今後の舞台芸術アーカイブの展開」として収録や上映、さらにその先にある利活用にまつわるさまざまな「壁」を提示。今回のシンポジウムを通じて議論すべき課題を示した。
吉見は事業報告で示された多様で充実した取り組みを評価。EPADの取り組む8K定点映像は、舞台映像の主流である編集映像と比して被写体の作品性を際立たせるため舞台の記録として優れているとし、未来に向けて演劇の記録をデジタルに残していく意義を強調した。
8K映像について岡室は、肉眼では認識できないものもすべて記録しており「生で観ることの代替ではない」と、その固有性を指摘。巻き戻しや早送りといった操作性も含め、映像独自の楽しみ方の可能性を示唆した。
さらに岡室は、演劇博物館の調査で判明した、公演映像の収蔵において多発している、映像の死蔵やVHSなど媒体の劣化といった問題を挙げ、公演映像の収集・データ保管に取り組むEPAD事業の重要性を述べた。「作品の価値は現在のわたしたちの判断や評価を越えたところにある」と、できる限り多くの映像を保存することの重要性を語った。
吉見は、国文学研究をはじめ他分野でもデジタルアーカイブにより研究が変化しつつある現状を挙げ、多様な文化資産をナショナルメモリーとして記録・保管し、統合的かつ横断的に扱い次世代に継承する必要性を語る。そしてEPADの活動をその演劇分野における実践として位置づけた。
福井はナショナルメモリーについて、日本の文化、産業インフラとしても進めていくべきものだと賛同。いっぽうで、権利処理や関係者のトラブルなどによってアーカイブ自体を諦める判断をせざるを得ない場合もあると課題を挙げた。
これに対し岡室は、「公開を前提としないアーカイブ」の存在を挙げ、「デジタルアーカイブは、現在のわたしたちのためでもあるが、未来のためでもある。集めておけばいずれパブリックドメインになる。待つことも大事ではないか」と、長期的な視点を用い収集と公開を分ける考えを示した。
吉見は、「舞台は作者、演出家、俳優だけのものではなく、客席のものでもある。記憶する権利をみんなで持っている」と、作品を記憶する権利について語る。岡室と同様に収集保存と公開のレベルを切り分ける見方を示すとともに、文化を土地になぞらえ「アーカイブを記録して寝かせることで時を経て豊かな土壌になる」と語った。
福井はそれを受け、「法律の世界では、著作権は生まれてから300年ほどしかない若い権利。情報は非競合性で〝みんなのもの〟であるのが強み。いま現在の実りも大切にしながら、将来に向かって土壌を残していくような権利を考えていくことも大切だ」と語った。
伊藤から今後の収益力強化というテーマが提示されると福井は、EPAD事業におけるコストの壁について言及。例えば8K映像収録では、工数や機材の違いで複数のプランがあり、もっとも高額なプランは数百万。簡単に舞台主催団体が払える金額とは言いがたい。今後の支援なしの自走での継続を見据えたコスト削減の必要性に言及。翻訳においてAI翻訳での字幕生成など、すでに試みている施策を挙げた。
吉見はメディア芸術の歴史において、市場拡大による競争からコストは下がると指摘。市場を拡大するためのビジョンを持つ重要性を挙げた。
また、すでに自身のAIを作り対話しているという吉見は、字幕のAI化から、舞台芸術専門のAIというアイデアを提案。これに岡室は「EPADはさまざまなものと連携している。膨大な蓄積をAIに学習させればかなり精度の高いAIができるのでは」と期待を寄せ、映像や戯曲など古今東西の作品データを学習した人工知能による創作の可能性が壇上で検討される。吉見は「人間が感動するクリエイションは、別のものに変身する、壊れながら再構築していく瞬間のこと」と定義したうえで、「AIは足し算、掛け算はできるが、引き算、割り算ができない」と、「引くこと」が舞台芸術の要であり、AIが苦手とすることだ、と語った。
質疑応答にて、8K上映のイメージをより伝えられる名称についてや、膨大な情報が集まる先でのキュレーションの必要性など、客席との充実した応答がかわされたのち、最後に登壇者からあらためて発言がなされる。
吉見は、これまでの蓄積をもとに、収集したものを誰に対して発信していくかが重要と語る。「100年先の全人類という大きな規模に対して、日本が培ってきたナショナルメモリーがなんなのか、わたしたちが何者であるかを、自分たち自身が知っていくためのメディアにEPADがなれば」と期待をこめた。
岡室は、舞台映像が、地域や経済、機会といった様々な格差を解消する可能性にあらためて言及するとともに、劇場の記憶・記録をどう残すか、デジタルアーキビスト育成の重要性についても述べた。
福井は、EPADの今後の自走化に向け、地方上映や教育の重要性を挙げ、アーカイブ活動は舞台芸術業界の理解が必須と強調。「舞台界のみなさんの広い支え、関心、おもしろがって、ここで遊んでいただきたい」と、様々な関わり方でEPADに関心を持ってもらいたいと訴えた。
(取材・文:北原美那 撮影:サギサカユウマ)