劇団・南極が総出で仕掛ける、生と並走する「映像」の価値
演劇や舞踊、伝統芸能といったあらゆる舞台芸術のデジタルアーカイブに注力してきたEPAD。本連載「舞台のあしあと」では、舞台芸術にかかわるみなさんにこれまで影響を受けた作品を振り返っていただきながら、舞台芸術をアーカイブすることの意義を探っていきます。
第1回となる今回、お話を伺ったのは、劇作家・演出家のこんにち博士さんです。2020年に関西で劇団「南極ゴジラ」を旗揚げし、2025年からは名前を「南極」に改名。現在は、舞台だけでなく映像、Webコンテンツを手がけるクリエイティブ企業「株式会社南極」としてクリエイターとプレイヤーの2軸で活動されています。
アーカイブの文脈で特筆すべきは、南極さんの本公演で製作されている「ビデオ版」の存在。いわゆる配信ですが、そのじつ「生の演劇とはまったくの別もの」なんだとか。
今回は、こんにち博士さんにこれまでの演劇人生を振り返っていただきながら、作品を映像化することの意義について伺いました。
劇団員全員、クリエイターと俳優の二足のわらじ。
︎――こんにち博士さんの現在の活動について教えていただけますか。
「南極」という劇団で劇作家・演出家として活動しています。南極は2020年の春に誕生した劇団で、関西出身の劇団員が10人所属しています。作品はSFを扱うことが多いですね。日常からは少し離れたユニークな世界観のなかに、あえて人間らしい素朴な感情を描いています。
︎――もともと関西の大学に通われていたとのことですが、当時はどんな作品を観ていましたか。
大学で演劇部に入って、はじめて演劇を観るようになったんです。それも大きな劇場ではなくて小劇場ばかり。
関西圏で当時公演していた「クロムモリブデン」「劇団子供鉅人」「悪い芝居」といった劇団がとくに好きで、いまだに大きな影響を受けているように思います。なかでも各劇団ではじめて観た作品には思い入れがありますね。

︎——それぞれどんなところが印象に残っていますか。
クロムモリブデンは『翼とクチバシもください』という作品がとんでもなくおもしろかったのですが……どこがどうおもしろかったのか、思い返せば思い返すほどわからなくなるんです。たしか目薬をめぐる話だったと思いますが、正直、鑑賞中はストーリーまで追えていなかったように思います。終盤は登場人物も奇妙な擬音語ばかりを発するようになっていくのですが、訳がわからないのになぜか胸がいっぱいになって、泣きそうになってしまって。あの観劇体験は今でも忘れられません。
劇団子供鉅人はプロレスがテーマとなった作品『チョップ、ギロチン、垂直落下』、悪い芝居は、内戦中の架空の日本を舞台にバンドが東西に分かれてツアーをする作品『メロメロたち』を、どちらも鮮明に覚えています。どちらも初めて見た舞台だったのですが、劇作品そのものの衝撃に加えて、劇団としてのグルーヴが劇場内に渦のように充満しているのが圧倒的でした。

——現在の創作に影響を受けているものはありますか?
脚本に関しては、自分が子どものころから好きだった映画や恐竜や宇宙といった科学、あとは小説や詩歌、海外文学といった本の影響が大きいですね。演出については、特に南極の旗揚げ当初はクロムモリブデンの青木秀樹さん、劇団子供鉅人の益山貴司さん、悪い芝居の山崎彬さんの影響を受けました。
——具体的にはどんなところに?
シーンの運び方だったり、転換の魅せ方だったり、エネルギーを上げていく感じだったり、さまざまですね。あ、フランス出身の舞台演出家フィリップ・ケーヌさんには演出面で影響を受けています。まだ、生で作品を観たことはないんですけど……。
——何がきっかけで知ったんでしょうか?
YouTubeに上がっている公演の一部や、WEBに上がっている上演記録写真で知りました。
フィリップ・ケーヌさんはビジュアルアーティストの側面もあって、公演もかなりアーティスティックなんです。
——どんな作品ですか?
有名な『もぐらたち』という作品は、着ぐるみのもぐらがたくさん舞台上に出てきて地上の世界で生活をするだけのお話です。セリフもなければ、生身の人間も登場しないものになっています。視覚情報が多くて、遠い異国の地に住む自分でさえ強く惹きつけられるものがあります。いつか生で上演を見るのが夢です。
——興味深い演出ですね。南極の場合、劇団員みずからスタッフワークも手掛けているんですよね?
はい。南極の劇団員は10名いますが、ぼくらは俳優であり、クリエイターでもあります。小道具や衣装の製作から、劇伴の製作、フライヤーやグッズのデザイン、配信映像の編集、SNS運営やプロモーション、予算管理など……要は劇団内で内製しつつ、人力作業でなんとかやっているという感じですね。

——近年そのスタイルで続ける劇団は少数派ではないでしょうか。
最近は劇団そのものが少なくなって、プロデュース形式の公演が主流になってきた印象です。だからか、「劇団員総出で作品をつくっている」と言うと、びっくりしてもらえることが多いです。でも自分たちとしては特別なことをしているつもりはなく、やりたいことを成立させるために自然にこういった形式になっていきました。でもいまはそれが劇団のグルーヴに繋がって、果ては作品全体のムードや熱量にもつながっているんじゃないかと考えています。フィリップ・ケーヌさんに自分が惹かれている理由も遠からずで、演劇をつくるときにまず舞台美術や衣装をおもしろくすること、ビジュアルだけでも十分魅力的な状態を作ることに興味があります。
——つまり、舞台ビジュアルも自分でおもしろくしたい、と。
おもしろくしたいです。ここ1.2年間はスタッフチームもレギュラー化してきていて、劇団&スタッフの南極チームで製作をしています。舞台美術一つとっても、完全に美術家さんにお願いするのも手だと思いつつ、一緒にやる方が物量を増やせるし、予算面でも調整がしやすいし、何よりそっちの方が楽しいなと思っています。
単なるアーカイブではなく、「映像作品」として舞台をビデオ化
——EPADは舞台公演映像のアーカイブに取り組んでいます。演劇は生の芸術と言われることも多い表現領域ですが、舞台の映像化についてこんにち博士さんのご意見を伺えますか。
もちろん演劇は生で観ていただくことにいちばん価値があるなと思いつつも、同時にそれをアーカイブとして記録して、発信していくことも重要だと思っています。
——アーカイブすることに、抵抗はありませんか?
ないですね。だって、映画もそうですし。いまはNetflixなどのサブスクもあります。映画館の外で、つまりは自宅のテレビやスマホの小さな画面で映画を楽しむことが当たり前になっている。演劇もそうありたいんです。劇場に足を運んで楽しむことを肯定しつつ、スマホの画面で同じ劇を見る楽しさも、肯定していきたい。
——南極は「ビデオ版」なる映像作品も製作されていますよね。
はい。これは演劇の配信版にあたるのですが、ただ上演をそのまま収録しているのではありません。手持ちカメラを使って録画したり、変わった画角を用いたり、ビデオ版のみの新演出なども加えたり。劇場での公演とはまったくの別物で、映像として楽しんでもらうことに特化した作品を目指しています。
——そのように映像作品としてこだわる理由は?
現実的なお話になってしまいますが、まずは経済的な面。やはり劇場だけの上演では収入面でも運営は厳しいんです。劇場をおさえて、製作物をつくって、上演するってものすごく莫大なエネルギーと資金がかかることですよね。「ビデオ版」もそうですが、映像作品であれば、舞台を撤去しちゃったあとでも半永久的に多くの人に届けることができます。長く表現活動を続けていくためにも、公演のアーカイブ化や発信は積極的に行っていきたいです。
もうひとつの理由は「演劇」という表現ジャンル自体の地位確立です。演劇は「生がいちばん魅力が伝わりやすい」という性質もあって、どうしても初めての人には足を踏み入れづらいジャンル。距離の問題で劇場まで足を運べない方もいますし。でもアーカイブとして舞台を記録することで、演劇に触れる人口を増やすことに繋がる可能性がある。これが映像化の最も大きな利点なのではないでしょうか。
——今後、生の舞台公演と映像作品のハイブリッドで、どのように業界を盛り上げていきたいですか?
やっぱりいちばんは実際に劇場で見てもらえるといいなと思っています。でもタイミングだったり、地理的なことだったりで必ず劇場に来てもらうというのも難しい。そのために、「ビデオ版」はいつでも・どこでも南極の世界観にアクセスできるようにしたいなと思っています。ビデオ版を見たことをきっかけに初めて劇場に足を運んでもらえるのはすごく嬉しいです。そしてそれをきっかけに他の小劇場や演劇の世界に興味を持ってもらえたらもっと嬉しいなと思いますね。
※本記事は、2025年12月に行った書面アンケートでのご回答をもとに、対談形式に構成・編集したものです。
写真提供:こんにち博士さん
デザイン:原田 康平
執筆・編集:須藤 翔、玉川 玲央奈(株式会社Camp)





