LOVE
2026.03.07

変わるからこそ残してほしい。坂口涼太郎がことばで叩く、ひらかれた劇場の扉

その人は、エメラルドグリーンに身を包んでいた。黒いリボンが差し色になり、より色が引き立っている。その人とは、坂口涼太郎さん。エメラルドグリーンは、坂口さんがいちばん好きな色なんだそう。なるほど、よく似合う。
 
坂口涼太郎さんは、俳優、ダンサー、シンガーソングライターにとどまらず、近年は歌人、エッセイストとしても活躍するアーティスト。ますます多方面に活動を広げているが、ご本人は「やっぱり演劇がいちばん好き」と語り、EPADへもアーカイブされている「木ノ下歌舞伎」には10年も出演し続ける常連でもある。
 
舞台芸術のデジタルアーカイブに注力してきたEPAD。本連載「舞台のあしあと」では、舞台芸術にかかわる方々に、影響を受けた作品を振り返っていただきながら、舞台芸術をアーカイブすることの意義に迫る。
 
坂口さんは、2023年には、EPAD×THEATRE for ALLユニバーサル上映会でマームとジプシー『cocoon』を観劇された。アーカイブや、それらを利活用することについて、ご本人はどう感じているのだろう?
 

いろんな命が、同じ場所で同じものを観られるように

「もともとEPADは知ってました」
 
坂口涼太郎さんは、大したことではなさそうに言った。
 
「コロナ禍で劇場に行くことが難しい、それこそ自分の出演する場がなくなってしまった時期に知ったんだと思います。以降、生で観に行けなかった過去の劇作品も、EPADをきっかけに観るようになりました」
 

 
EPADは2020年、演劇においても断絶の時代であったコロナ禍を機に発足した。発足と同時期に我々の活動にふれたという坂口さんに、マームとジプシー『cocoon』のユニバーサル上映を観に行った理由をたずねてみた。
 
「東京芸術祭 2023のプログラムで上映会があって。まだ観ていない作品だったのと、手話弁士さんが入るユニバーサル上映にも興味があったんです」
 
当日の上映では、定点収録された8K映像に手話弁士が入り、立体音響も組み合わされた。坂口さんは「役者のセリフ、感情、効果音、音楽、舞台上の雰囲気までをも手話で表現する手話弁士のお二人の語りが美しくて、音楽を体で奏でているみたいだった」と振り返る。「立体音響だから息づかいまで聴こえてくる。あれは映像アーカイブだからこそできる魅力ですよね」と。
 
坂口さんは続けて、ユニバーサル上映の必要性を説いた。
 
「私がバリアフリーとかアクセシビリティっていうキーワードに興味を持ったきっかけは、2023年に出演した木ノ下歌舞伎『勧進帳』。そこで、鑑賞サポート付き上演をやったんです。
聞こえない・聞こえづらいお客さまのために『ポータブル字幕機』を用意して。
 
たとえば、タブレットに私たち俳優の顔写真が映って、いま誰が喋っているというのがわかったり『ドンッ!』とか『ゾー』っていう擬音が漫画のようなテキストで出てきたり。ほかにも、見えない・見えづらいお客さまのための『音声ガイド』もありました。
 
そのときの劇場には、盲導犬もいて。いろんな命がいっしょに同じものを見るっていう体験をしたんですよね。そのときに『もしや演劇って、今までひらかれていない芸術だった?』って気づいたんです」
 

 
2023年の『勧進帳』の上演をきっかけに、坂口さんは演劇をより多くの人に届けたいという想いが強くなったと言う。
 
「演劇は、限られた人たちのものだったのでは?って。劇場に来ることもそうだし、劇場に来られたとしても、舞台上で行われていることをどう感じるかを判断するには情報が必要。だけどその情報には、制約があるんじゃないか?という発見がありました。
 
それを受けて、『勧進帳』の上演後には見えない・見えにくい方に私の身体や衣装を触ってもらう取り組みをしました。
背丈や人となり、衣装の質感を触るだけで、舞台上にいる俳優のことが想像しやすくなるんですって。私は私で、見えない・見えにくい方と声だけでコミュニケーションをとるよりもお互いに“存在の交換”ができたっていう実感があったんです」
 

 
坂口さんは以降、自身の出演する公演には鑑賞サポートを入れてほしいと、劇団や劇場に交渉をしているという。
 
「まずは、言うことが大事だと思うんです。伝えるだけでも、どうやったら実現できるかを考えるきっかけにはなったりするのかなと。実際に私のお客さまには、見えない方や聞こえない方がいらっしゃるから。いっしょにお仕事をする人たちとも、彼・彼女たちの観劇を想像してもらえたらいいなって。私のひと言が与える影響力は小さいもの。だけどそれが誰かの気づきになれば、すこしずつ変わっていくのかなと思うんです」
 

舞台は社会の縮図。「生の芸術」にしかない客席と舞台の“交換”

「影響力」といえば、坂口さんがこれまでに影響を受けた舞台作品もお聞きしたい。自身が深く影響を受けた舞台作品はなんだろう。
 
「すぐ思いついたのはケラリーノ・サンドロヴィッチさんの『犯さん哉(おかさんかな)』という作品です。観劇したとき、私は高校生。初めてナンセンスコメディっていうジャンルの劇を観て、笑いすぎて椅子から立ち上がれなかった、ほんとに(笑)。こんなにおもろいんや、っていう衝撃がありましたね」
 
『犯さん哉』といえば、劇団☆新感線の俳優・古田新太が座長をつとめ、劇団ナイロン100℃主宰のケラリーノ・サンドロヴィッチが作・演出をした2007年の作品だ。
 

『犯さん哉』ビジュアル

 
「最後は、古田新太さんがブリーフ1枚の姿で終わるんです。起承転結ってなんでしたっけ?っていう世界。話の筋なんてものはないので、あらすじは説明できません(笑)。
 
ただ、腰が砕けるほど笑いながら、ああ、舞台の上はいろんな人がいるからおもしろいんだって思ったんですよね。私たちが暮らす社会と同じで、あらゆる姿・かたちの人がいて、それぞれに声帯も違って、強烈な個性の人たちがいる。
 
当時の自分は、俳優っていうのは美しい人が美しくやるものだって思っていて。だけど、そうじゃないのかも!って気づかせてもらえた。おじさんがパンツ一丁で舞台の幕を閉じることが許されるのであれば、私も出ていいのかも?って思わせてくれた作品だったんですよね」
 

 
当時のシーンを思い出しているのだろうか。坂口さんはときおり笑顔を見せながら、作品の思い出ばなしをしてくれた。
 
「舞台の上は、社会の縮図であるべきなんだな、って」
 
笑いながら聞いていたナンセンスコメディの話題は、「舞台のあるべき姿」へと軽やかに着地した。
 
「たとえば舞台に、お味噌汁が一つ置いてあるとして——」
 
ここで、畳み掛けるようにお味噌汁の話が出てきた。踊るようにターンする坂口さんのお話のテンポ感に、ただ引き込まれる。
 
「なんでもない汁椀でも、舞台に置かれた瞬間に観客の想像が動き出す。舞台の上って、日常の些細なことを別のものに変える力があるんですよね。一度舞台に置かれさえすれば、想像がかきたてられる。お客さまが自由にイメージしておもしろがってくれる。そうやって無限に広がっていく可能性が、舞台にはあると思うんです」
 
そして坂口さんは続ける。「気楽に家で鑑賞する方法がどんどん増えてきているいまだからこそ、劇場で鑑賞するという“不便さ”の価値が上がっている」。決められた時間に集まり、その場の空気や匂いまで含めて五感で受け取る——観劇でしか手に入らない体験がある。
 

 
さらにことばを重ね、舞台を「生」で観劇することについて教えてくれた。
 
「舞台でお芝居を観るときって、視点を選べるのが楽しみのひとつだと思うんですよね。テレビの舞台映像だと、いましゃべっている演者がアップで抜き出されたりするんだけど、舞台上では自分で観たいところを観れる。たとえば、アンサンブルの人たちの動きや、小道具のお花とか、黒子の動きとか。
 
観劇って、自分がどんな視点を選んでいるかを知ることができるんです。意識的でも、無意識にでも『なんでいまこの人に釘付けになるんだろう?』って自分が選択していること、気になること、好き・嫌いを発見できるんですよ」
 
この“自分を発見する”ことが、舞台鑑賞の魅力だという。では、舞台とテレビドラマに違いはあるのだろうか。
「場が違っても、向いている先は同じです。文筆もダンスも作詞作曲も、受け取ってくれる人のためにある。だからこそ、常に自分を疑い、責任を持って届けています。
 
ただ、舞台に立って演じる特別さもあります。自分がどう動くべきなのか、どんな間合いが必要なのか、客席から“教え”が飛んでくる。この執筆や踊りにはない『生の芸術』ならではの交換がたまらないから、演劇がいちばん好きなのかもしれません」
 

 

「ことば」があきらかにする、自分だけのカルテ

 
そう。坂口さんは舞台俳優でありながらエッセイスト・歌人としても活躍している。
 
坂口さんとことばの関係について、聞いてみた。
 
「めちゃくちゃ恥ずかしいことを言うんですが、20代の終わりごろ、私は自分のことを大物だと思っていたんです。ああ、なんという恥……。もちろんそんなマインドなので、お仕事もうまくいかず、自暴自棄になっていたころの話です。
 
そのときは、ほかの人がやっている映画や演劇を観れなくなっていて。代わりに『ことばのナマハゲ』になって、書店を練り歩いてました。ボロ雑巾のようになっていた自分をきれいな水でゆすぐようなことばを片っ端から貪る、みたいな(笑)。
本を読むこと自体、すごく能動的な活動ですよね。そうしていれば、もう他に何もできない状態になって、演劇のことを考えずにいられる。とにかく自分を無にしたかったんだと思うんです」
 

 
うまくいかない人生に、たくさん本を読み、ことばを血肉とし、ことばで回復していった。そこから、坂口さんの身体には常にことばが流れつづけている。
 
「いましゃべってることばも、これまで私が生きてきた中で受け取ってきたことばの集まりで。それを、パズルみたいに組み立てて発してると思うんですよ。
 
誰にも意味がわかってもらえなくても、自分だけが知っているお守りみたいなことばを自分の中に持っている。これからも、私は私だけにしかわからないことばを使っていきたい」
 

 
「私にしかわからないことば」とご本人は言うが、そんなことはない。エッセイ集『今日も、ちゃ舞台の上でおどる』でも「ことばのナマハゲ」や「涼ームズ」といった独自のことばを使いこなし、読者の想像に火をつけていく。
 
「私のエッセイは“残したくなかったこと”をあえて書いているんですね。
見たくないものをあえて言語化すると、物事の真理があきらかになるんです。あきらめて、書くことを通じて恥や失敗をさらしていく。『あきらめる』って、仏教では『あきらかにする』という意味があるんですって」
 

 

うまれたらひとりになってひとりでにひとりではない世界でいきる
 
ふつうというリズムについてゆけなくてとてもしずかに熟れてゆくもも
 
永遠は解かれるものとあきらめて今日も、ちゃ舞台の上でおどる

出典:坂口 涼太郎 エッセイ集『今日も、ちゃ舞台の上でおどる』(講談社, 2025)

 
31文字で、その瞬間を表現する短歌。その魅力を尋ねると、坂口さんはこう言った。
「短歌は、見過ごしがちなものをことばにして掬い上げる作業です。部屋の隅の埃だって、誰かのかけらだと思うと愛おしい——掃除しない言い訳ですけど(笑)。目に映るものから、楽しさや自分の哲学が立ち上がってくるんです。
 
思うだけだったら10秒後には忘れちゃうんだけど、残しておくと、自分ってこんなこと思ってたのかって、そのときの気持ちや状態のカルテみたいになるんですよね。いまの自分は何に興味があって、何にセンサーが反応するのか。
 
それは、不調のときにこそ意味を発揮してくれるんです。何も目につかなかったり、ことばが生まれないっていうときに、疲れてるなとか余裕がないんだなっていう診断になる。残そうとしてもできないときにこそ、自分の不調に気づけるんです」
 
しばらく黙ってしまった。坂口さんは、ずっと自己と向き合ってきた人なんだ。自分の状態を知ること、知ろうとする姿勢が伝わってきて、胸がいっぱいになった。
 

坂口さんによる初のエッセイ『今日も、ちゃ舞台の上でおどる』(講談社, 2025)

 

“よりよく”を目指すために、残してほしい

話を、演劇に戻そう。ずっと出演を続けている「木ノ下歌舞伎」のことを訊きたかった。2006年に発足した木ノ下歌舞伎は、現代における歌舞伎演目上演の可能性を発信し続けている。
 
そもそも歌舞伎は、人々が伝承を意識し今日までつないできたから“残っている”伝統芸能だ。その伝統を現代に活かす木ノ下歌舞伎の演者として、アーカイブを残す意義についても尋ねてみた。
 

木ノ下歌舞伎『勧進帳』(2016)京都公演 舞台写真
撮影:井上嘉和 提供:KYOTO EXPERIMENT事務局

 
「木ノ下歌舞伎のお稽古は、トラディショナルな歌舞伎を観て、学び、動きを完全コピーすることから始まるんです。身体を動かすうちに、演者の目の動き、見栄を切るタイミング、微動だにしない場面……そのすべてに理由があって、すべてに意味があることに気づくんです。歌舞伎のお芝居はなにもかもが研ぎ澄まされていて、必要なことしか残ってない。どんどん洗練されていった上での、伝承なんだって。こういう事実を歌舞伎俳優ではない私が知るためには、実際に梨園に行かないといけなかった。だけど、映像などで残ってくれていることで、歌舞伎の間口はすこしでも私たちに開かれる。本当にありがたいことだと思います。だからこそ、残しておいてほしいんですよね、すべてを」
 

木ノ下歌舞伎『勧進帳』(2016)京都公演 舞台写真
撮影:井上嘉和 提供:KYOTO EXPERIMENT事務局

 
稽古で映像アーカイブを使うのは、木ノ下歌舞伎に限らない。ダンスやドラマの現場でも、坂口さんは自分の動きを撮り、何度も見返すという。
 
「どれだけ客観的に見て、どうしたら伝わるかを考え続けないといけない。だから日々自分をアーカイブしているし、活用もしています」
 
取材時は、2026年1月から始まる木ノ下歌舞伎『勧進帳』北米ツアーに向けて稽古の真っ最中だった。
 
「同じ演目でも、過去の自分に寄せすぎないことは大事。あれは当時の全力で、感性も関わる人も変わっている。『前がよかったから同じに』ではダメなんです。
 
10年前からやっているから、木ノ下歌舞伎もどんどん洗練されていくし、変えたほうがいいところは変えているんですよ。同じ演目でも、初回公演と最新のものでは全然別物です。
 
人間なんだから、“よりよく”を望んでいきたいじゃないですか。そんな心持ちで、次の勧進帳にも挑んでいきたいですね」
 
インタビューを終えたあと、坂口涼太郎さんは笑って「みんなで話せてよかったです」と言った。
 
一つひとつの質問に誠実に向き合ったあとに残した、この場の全員を掬いとるようなことばにハッとした。
 
「自分の小さいことばが、誰かの気づきのきっかけになればいい」
 
これまでのことばは全部、当然インタビューのためだけに語ったものではない。その場にいた私たちを想ったことばでもあるのだ。バリアフリーを想うときも、アーカイブ活用を考えるときも、舞台演劇の作品づくりでも、きっと同じようなことばかけをしているのだろう。踊るように、軽やかに。
 
エメラルドグリーンって、こんなに優しい色だったんだ……。そんなことを考えながら、会釈をして席を立つ坂口さんを見送った。
 

 
 
(2025年12月4日取材)
 
ライター:山本梓
カメラマン:加藤甫
編集:須藤翔、玉川玲央奈(株式会社Camp)