フード・テキスト・写真:土谷朋子(citron works)/ 撮影協力:kyklopsketch
誰かの正義は誰かの不正義。
もはやあたりまえのことなれど、まさにそれに塗れて生きている。
劇中、各時代で目にした人々にとって忘れえぬ光景として幾度となく登場するのは千年家の裏手にある田んぼの蛍
常に千年と空港、それを取り巻く戦後最大の国内紛争と呼ばれた闘争さえも変わらず見続けていたはずの存在だ。
それでも、そこにあるのは「ただ綺麗だ」と逆立った様々なものの毒気を抜いてしまうような光景なのである。
滑らかなこしあんで作った水羊羹のたんぼに張った蛍も育つ綺麗な水の寒天。
そこで作った「少しばかりの米」を思い起こさせる胡麻おはぎ団子、稲を模した松葉とその間を飛び交う蛍を水に溶かして楽しむお菓子、九重で。
それでもあの場所に関わる人々は結局「空港」という存在から逃れることはできない。
生きていくにおいて「空港」はすでに浸透しすぎて大きい。
闘争の中心にいるはずの父親だって空港において日々の仕事をこなしている。
彼らはただ暮らし、それでいて紛争の最中にいる。
それでも「滑走路の延長線上にある家」である千年の裏にはまだあるはずのその光景を、夏、滑走路に揺らぐ陽炎の向こうにただ一時想うことがあるかもしれない。
「ただ綺麗だ」と目を奪われたあの時を。
これはその一瞬を切り取った水羊羹。
作品名:あやめ十八番『江戸系 宵蛍』
脚本・演出:堀越涼
音楽監督:吉田能
上演年:2020
劇場:吉祥寺シアター
©️下田直樹
あらすじ:
令和2年。56年ぶりに開催された東京オリンピックに日本中が熱狂する中、やはり例年以上の賑わいをみせている国内最大の国際拠点である第二東京国際空港。
そんな中、華やかなアスリートたちの活躍の影で、ひっそりと海外メディアの注目を集めた家族。
『千年(ちとせ)』の表札がかかった第二東京国際空港・滑走路の延長線上にある一軒の家。
その存在により第二東京国際空港をは未完成のままでの運用を余儀なくされていた。
千年という、かつてありふれた家だったこの家に燈っていた闘争の火は、今では消え入りそうな小さな火種が、燻ったまま、あるだけだ。
空港の中の一軒家と、そこに纏わる人々のお話。