フード・テキスト・写真:土谷朋子(citron works)/ 撮影協力:kyklopsketch
右上から時計回りで
うっかり口をついて出た「美味い」の一言から動き出した物語は、
元旦という我々にも特別なハレの日を定点として
軽妙な切り口でテンポ良く紡がれていく。
時代も移り変わり、人も変わる、脈々と受け継がれていくもの、代替わりするもの、出て入って、と
この家のこの部屋に現れて廻り行くそれはやがて円環をなしていく。
鈴木家にとってこれ以上ないほど重要なおせち「高野豆腐」もその理から外れることはない。
なんとも言われへん、喉も通らないほどに「不味い」高野豆腐。
それが鈴木家の味であり起点。
そこから始まって、関西では嫌われそうな辛くて真っ黒な(!)関東風。
戦時中の我慢を経て砂糖が使えるようになったその喜びを原動力に、甘々さんな甘味風。
だって好きなんやもん。のプーケットの旅の思い出の真っ赤っかなタイ風。
そして現在、東北からやってきた女性育子が持参したおせちにももちろん高野豆腐。
「…唸るほど、美味い」。
あらゆる全ての「不味さ」に「美味い」と言ってきた鈴木家の人々だが、
それでもその時々の「美味い」の気持ちはごまかしでなく、そこに確かに存在している。
それこそが明治初期から大正、昭和、平成そして現在と時代を経て受け継がれていく鈴木家のなんとも明るい家風の素晴らしさなのだ。
どれも欠かすことのできない一味の連鎖。それらがぐるっと回って戻ってきて全てをなんとも丸く包み込んでいる。
此正しく円環なり。
作品名:玉造小劇店配給芝居vol.24『お正月』
脚本・演出:わかぎゑふ
上演年:2019
劇場:ABCホール 他
あらすじ:
明治初期。
元武士家系であった鈴木家に万太郎と千次郎という兄弟があった。
兄が育子という妻をもらうのだが、料理がとにかく不味い。
初めてのお正月にお節料理を出してくるのだが、好物の高野豆腐も喉を通らない程に不味かった。
しかし万太郎は「美味い…」と、つい言ってしまう。
ここから鈴木家の料理は下降の一途を辿るのである。
明治、大正、昭和、平成そして現在と、時代の流れを背景にそこに住み続けた鈴木家の100年に亘る元旦のお話。
まさに家庭内大河ドラマ。