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2024.02.16

【レポート公開】EPAD Re LIVE THEATER in Kyoto~時を越える舞台映像の世界~

2023年12月20日(水)21日(木)、ロームシアター京都、京都市勧業館で「EPAD Re LIVE THEATER in Kyoto~時を越える舞台映像の世界~」が行われた。
舞台映像上映会およびトークセッションが行われた2日間をレポートする。
(取材・文:北原美那/撮影:吉見 崚)
 
舞台関係者を対象とした本イベントでは、舞台作品の映像上映会と、EPADのアーカイブ上映会の全国での実施に向けた複数のトークセッションが開催された。
2日目には全国の公立文化施設の事業担当者を中心に、上映会の実現に向けて舞台関係者が意見を交わし合う意見交換会も設けられ、上映会の各地での実現と普及へ向けたキックオフのイベントとなった。
 
20日は文化庁の児玉大輔参事官(生活文化創造担当)による挨拶を皮切りに、トークセッション1「EPADが舞台映像により目指す未来」がロームシアター京都・ノースホールで行われた。
登壇者は石井路子(芸術文化観光専門職大学)、福井健策(EPAD代表理事)、伊藤達哉(EPAD理事)、三好佐智子(EPAD理事)。
 

トークセッション1:左より伊藤、福井、石井、三好。

 
冒頭、福井によるEPADの活動紹介では、収集された2700作品超の公演映像、553の戯曲のアーカイブ化、国際交流基金による多言語字幕での配信は111の国・地域からアクセスされ1000万回超え再生、といった成果を紹介。
さらに専従チームにより権利処理をクリアした舞台映像は様々な方法で利活用が進んでいる点。そのひとつである上映会は今年度から複数回にわたり開催され、THEATRE for ALLとの連携によるバリアフリー字幕やユニバーサル上映会、教育への利活用についてもトライアルを進めている点。
こうした過程でさまざまな団体と情報を共有し相互に連携、ノウハウの標準化をおこなっており、今後の展望として、東京・三重で実施された鑑賞ブースや地域上映、バリアフリー上映会など、全国各地で行うためのスキーム提供を予定していると紹介した。
 

EPAD代表理事・福井健策

 
これに続き、「各クリエイターや権利者、主催団体や劇場などは、さまざまな用途でEPAD事業を利用してほしい」と呼びかけた三好理事は、本年度からスタートした教育利活用について報告。
この教育利活用では、舞台芸術映像の高校生以上の教育の場における利用を想定し、有識者委員が作品を選定、指導テキストと映像「COMPASS」を制作。会場では映像の一部を流した。(教育利活用についてはこちらで詳しく紹介)
 
「COMPASS〜EPADコンテンツを活用するための羅針盤 〜紹介動画(3分)」

 
今年度中に大学などの機関で試験的に視聴できる環境作りを目指しているほか、今年度の映像収集事業によって増加した1960〜80年代の作品の教育利用や、戯曲デジタルアーカイブや日本舞台美術家協会のデータベースとの連携といった今後の目標を挙げた三好は、「視聴機会格差の解消、文化資産のリレーをやっていきたい。作品を生み出したアーティストから預かった作品を皆様に協力してもらいながら大切に使っていくのが教育部門での使命」と語った。
 

EPAD理事・三好佐智子

 
教育利活用の会議に参加し、「COMPASS」でも解説を担当した石井は、福島県で25年、大阪で7年高校教員をつとめたなかで「上演芸術の浸透の難しさをなんとかしたいと思っていた」と語る。さらに地方と都市で、文化中心地への物理的な距離が生む生徒たちの文化格差を感じ、「どうにかして芸術文化に触れ、遠い距離感を少しでも縮めることができないか」という気持ちで教材開発会議に参加したという。
かつて維新派の「透視図」公演を高校の生徒たちと観に行った翌日、教室で「維新派ごっこ」が行われていたというエピソードを披露し、「私達は芸術文化を何とか浸透させようと思ってるけど、子供たちにとっては見たものが面白ければすんなり受け入れて、さらにアレンジして自分たちで遊べてしまう。教育の中で上演芸術に触れることが、一番観客を増やし芸術文化を担う後進を育てることにもなる」と、映像により舞台芸術に触れる機会を増やすEPADの活動に期待を寄せた。
 

芸術文化観光専門職大学・石井路子

 
進行をつとめる伊藤が「〝映像で上演を見せると劇場に来る人が減るんじゃないか〟とよく聞かれる」と登壇者に問いかけると、石井は自身の経験、福井はブロードウェイの事例を紹介し、映像が呼び水になり劇場へ足を運ぶようになると語った。
 
EPADの今後の展開について、三好は、多言語字幕による作品の海外への周知により実際に海外公演に結びついた例を紹介し、アーティストのモチベーションにつながる海外への架け橋への支援が重要だと述べた。
また、東京芸術祭でのバリアフリー上映会での、タブレット字幕の使い勝手の良さを、自らも補聴器使用者である福井が解説。演劇に足を運びづらいユーザーを増やす努力を続けることが必要と語った。
 
アーカイブそのものの価値について、伊藤は、大きな事件と同日の収録など、アーカイブ自体に歴史と紐づく価値があることを指摘。福井は早稲田大学の「ドーナツ・プロジェクト」を引き、公演そのものを残しておけない演劇のアーカイブでは、記録と、記録に残せないものを想像することも重要だと語った。
セッションの最後に伊藤は、EPAD事業におけるデジタルアーカイブを「クリエーターや劇団が権利を有する舞台映像作品を束ねて整理し、アクセス可能にする営み」だとあらためて定義した。
 

EPAD理事・伊藤達哉

 
トークに引き続き14時30分からノースホールで行われたのは、チェルフィッチュ「宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓」上映。この場所での2023年9月公演の4K定点撮影映像となる。
 

 
「とある言語の衰退を食い止める」というミッションのもと、宇宙船イン・ビトゥイーン号に乗り込んだ4人の乗組員と1体のアンドロイド、そして銀河の旅の途中で遭遇する地球外知的生命体「サザレイシさん」。彼らは宇宙を漂いながら言葉をめぐる対話を繰り広げる。
 
暗闇の舞台空間中央に、床から壁をつなぐ曲面が紫色に浮かんでいる。舞台前方に置かれた窓枠と、斜めに横切る白い蛍光灯。英語字幕が表示されるモニター。シンプルなセットは宇宙を旅する船の密室空間をあらわしている。
文化やコミュニケーションについてのモノローグや対話が重なるなかで、乗組員役の俳優たちの発語する日本語がネイティブのものではないことが早々に察せられる。時間が錯綜する構成や、中盤に船内で起こるトラブル、サザレイシさんへの対応など、物語の中のいくつもの緩和と緊張が、観客ひとりひとりに内在する規範を鏡のように映し出していく。
 
4K上映は画質の粗さを感じるところはほとんどなく、上演と同じ会場での上映も相まって、映像を観ているという違和感は早々に消える。サザレイシさんが舞台前方に立つシーンなど、実際に観客席側に近づいてきたような存在感があった。
SF的な設定のなかで写し取られた現代社会が、未来に映像でどう伝わっていくかも興味を惹かれる映像体験となった。
 
この日最後のプログラムとして、ノースホールで16時30分からトークセッション2「舞台映像上映会の全国展開 技術面・費用面からの考察」が行われた。登壇者は山本能久(音響・株式会社エスイーシステム)、福澤諭志(舞台監督・株式会社STAGE DOCTOR)、荒川ヒロキ氏(映像・一般社団法人舞台映像協会)、司会は松浦茂之(三重県文化会館副館長兼事業課長)。
 

トークセッション2。左から松浦、山本、福澤、荒川。

 
このセッションでは上映会で得られた技術面での検証と成果を報告。
映像について報告を行った荒川は、上映会での鑑賞時の没入感に必要な要素として、画質、スクリーン(サイズ・色・吊り位置)、プロジェクターの明るさ、収録時カメラ(角度・位置)の4点を挙げた。
特にプロジェクターについては、8Kプロジェクターよりかなり価格が手頃な4Kプロジェクターでも、条件が揃えば十分に没入感のある映像上映が可能だと、各地での上映会を見据えて語った。
また当初EPADでは映画館の大スクリーンでの上映を目指していたが、没入感の高い上映には、撮影位置と近い位置の客席の設定などの会場セッティングがかなり重要だと報告。
 

荒川ヒロキ

 
その会場セッティングを担当している福澤は、上映会での準備の経験から、スクリーン吊り位置について、「事前に緻密な計算を行って算出しても、劇場で設置するとベストな位置が変更になる場合が多い」と、生の舞台の経験値にも連動した、マニュアル化しづらい感覚があることを述べた。
 

福澤諭志

 
上映会の音響を担当する山本は、立体音響の歴史から紐解きつつ、「残響音が多くなるほど台詞の明瞭度は悪くなる。EPADの上映では「聴こえる」より「伝える」が大事だと思うので、いかに伝えるかの音響設計が重要」と、上映会での音作りの方針を解説。
新規収録時の方法や、不要なノイズを除去し劇場内の音のバランスを整えるMA作業についても解説。EPADで収集された80年代の「蒲田行進曲」上演音声を例に、VHSなど古いテープからの音声でも聞き取りやすいよう補正ができることを示し、今後の全国の上映会での音響では、収録方法とMAでより臨場感を出していくと語った。
 

山本能久

 
松浦は、各地で上映会が開催される際の試算つきスキームを公開。EPADを通じた映像の上演団体への映像使用料について「過去作品の上映で収入が発生するスキームは、カンパニーの収支構造を変える可能性がある」と語った。各団体にメリットが生まれる上映会を試みる公共ホールが全国に生まれることにあらためて期待を寄せ、そのために映像や音響の技術面の進化が大きな鍵になるとした。
 

松浦茂之

 
質疑応答では、参加していた各公共ホール関係者を中心に、技術面や金銭面、権利処理など各側面の具体的な仕様について活発に質問が飛びかった。荒川は「舞台映像化協会もまだノウハウを探っている段階でもあるので、テストしたいという会場があれば手弁当でテストしにいく」と積極的な姿勢を見せた。
 

トークセッション2:等身大上映と撮影カメラ位置・視聴位置の関係を確かめるべく、撮影位置の異なる映像を数種類上映。
観客は客席を移動して見え方を確かめる。

 
12月21日のプログラムは、ノースホールでの「りすん」のHD多カメラ編集映像の4K上映からスタート。
諏訪哲史の同名小説を天野天街(少年王者舘主宰)が舞台化。2010年初演から時を経て2023年、地域公共劇場連携事業として3都市をめぐった作品の三重県公演となる。
 

 
薄いカーテンのかかった病室のセットは劇場中央に配置され、取り囲むように客席がある。ベッドには骨髄がんで長期入院中の妹が横たわり、兄が付き添っている。ここから眠れない妹と兄の長い会話が繰り広げられる。
 
作品は終盤まで病室の風景が続くが、兄妹の高速でたたみかけられる掛け合いは家族の記憶を呼び寄せ、病室はさまざまな時間・空間に自在に変化する。
カメラは兄妹を中心に俳優のこまやかな演技をとらえており、とくに妹役の加藤玲那の、病に伏しながらも生命力にあふれた表情が印象的。演出と連動したカット割りは躍動感があり、生の観劇とはまた異なるかたちで、この演劇の時間を味わう臨場感を高めていく。
 
圧倒される俳優のせりふ量だが、発声は映像でもしっかりと聞き取ることができる。ときに字幕も投影されながら、言葉の響きを生かし意味を脱臼するような発語、中盤からのメタフィクション的な書き手との攻防など、言葉の持つさまざまな魅力がパワフルに発揮されていく。
胸が熱くなる家族の関係を描きながら、同時に普段よく使い知っているはずの言葉の存在を揺るがす作品で、前日上映の「宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓」とも響き合う上映となった。
 
13時からは場所を変え、劇場関係者らによる意見交換会「公立劇場で舞台映像上映会を実施することについて」が京都市勧業館・みやこめっせで行われた。
【くわしくはこちら:【意見交換会レポート】EPAD Re LIVE THEATER in Kyoto~時を越える舞台映像の世界~
 
2日間にわたるプログラムがすべて終了したのち、10月に東京芸術劇場シアターウエストでのユニバーサル上映会をEPADと共にてがけた株式会社precogによる関連イベント「舞台芸術のバリアはどこにあるのか? 障害の社会モデルから考える合理的配慮」がロームシアター京都会議室2で行われた。
舞台関係者向け研修・交流会として、4月から民間事業者による障害のある方への合理的配慮が義務付けられることを見据え、「合理的配慮」と「障害の社会モデル」の基礎知識を学び、劇場や公演での実践について考えるもの。
講師に飯野由里子(東京大学大学院教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター特任准教授 )、ゲストに那須映里(役者/手話エンターテイナー)を迎え、手話通訳つきで展開された。一般社団法人緊急事態舞台芸術ネットワークが実施する「日本の演劇 未来プロジェクト2023」の関連企画として実施された。
 
両日ともに、ノースホールのロビーには8Kモニターが常設。鑑賞ブース体験コーナーが設けられ、隣ではTHEATRE for ALLによるユニバーサル上映のダイジェスト映像展示が行われた。
 
「EPAD x THEATRE for ALL ユニバーサル上映会+参加型トーク ドキュメントと舞台裏を公開!」