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2024.08.15

【レポート後編】EPAD Re LIVE THEATER in Setagaya 〜時を越える舞台映像の世界〜

2024年7月12日(金)〜14日(日)、「EPAD Re LIVE THEATER in Setagaya 〜時を越える舞台映像の世界〜」が世田谷パブリックシアターで行われた。
 
2020年から舞台公演映像等の資料の収集・デジタルアーカイブ化やそれらの利活⽤のサポートを⾏っているEPAD。2023年度からは、劇場での上映会に本格的に取り組んでいる。
本イベントではケムリ研究室no.3『眠くなっちゃった』の8K定点等身大上映に加え、各日、公演映像の収録・上映をめぐりさまざまな角度からシンポジウムやアフタートークが行われた。
後編ではその模様をレポートする。【前編はこちら
 
(取材・文:北原美那/撮影:サギサカユウマ・北原美那(7月13日))
 


 
7月12日(金)
イベント初日、上映に先駆けて行われたシンポジウム「スクリーン上映による舞台芸術との新たな出会い・その可能性」では、柏木しょうこ(映像・英米文学翻訳家(NTLive等))、松田和彦(東宝演劇部)、福井健策(EPAD代表理事)が登壇(司会:坂田厚子(EPAD事務局))。
 
動画でのEPADの活動内容紹介に続き、代表理事の福井が、EPADの各公⽴⽂化施設での上映会への取り組みを紹介。
上映サンプルとして数分間、ヨーロッパ企画『切り裂かないけど攫いはするジャック』、白石加代子の阿部定『百物語 阿部定事件予審調書』(いずれも2023)が上映された。
 
柏木はナショナル・シアター・ライブ(NTLive)の日本語字幕の監修・制作を長年手掛けてきた。
 
NTLiveの本国イギリスでのスタートは2009年。芸術監督ニコラス・ハイトナーによる、国立劇場としてクオリティと興行的成功を両立させる施策として、ロンドンの劇場から各地の映画館に生中継。
その即時性と一体感は、まるで劇場にいる感覚を得られるとともに、演劇の大都市偏重傾向の解消にも寄与している。
コロナ禍の2020年には配信サービス「ナショナル・シアター・アット・ホーム」を開設。過去のNTLive作品や記録映像アーカイブ作品を有料配信した。
 
NTLiveの軌跡を解説した柏木は、演劇のバックステージものである『ザ・モーティヴ&ザ・キュー』(2024)を紹介し、「映像資産は現在の観客だけでなく、これから演劇を続けていく人たちの未来のために必要」と、アーカイブの意義を語った。
 

柏木しょうこ
松田和彦

 
演劇やミュージカル公演を主催する東宝の松田は、コロナ禍で起きた公演中止をきっかけに、8Kでの舞台映像収録と上映、普及活動を行っている。
 
8K収録・上映には、パンデミック時の代替上映のほか、人気作品のチケット売切れへの対応、地方や海外への作品の持ち込みなど、さまざまな可能性を感じているという。
 
今年の1月と7月には、8K収録上映に取り組む愛媛県の坊っちゃん劇場に協力し、各都市の映画館で舞台作品の8K映像を上映する「8K舞台映像フェスティバル」を実施。
映写室から上映風景を撮影した写真は、上演しているようにしか見えないほどリアルなもの。
上映会のたびに試行錯誤を重ね、「例えば音響については、劇場でステレオで録音したものが、音響設備が整った映画館での上映と意外と馴染む、という発見もあった」と経験から得られた知見を語った。
8K定点での舞台収録についても、「舞台手前と奥を行き来する芝居の場合でも、ピントがいつでも合ってほしい」と、よりよい収録のための技術的な課題も挙げた。
 
EPADの活動では、NTLiveを先行事例として研究してきたと語る福井は、柏木へ、NTLive黒字化のカギをたずねる。
 
柏木は、2014年の『戦火の馬』NTLiveを挙げ、「大人も子供も観られる良質な舞台を地方にも提供したことで観客たちの信頼を勝ち得たのではないか」と解説。
また「イギリスのスター俳優の多くは舞台俳優。良質な劇作家や演出家を求めて俳優が舞台に帰ってくる」と、演劇の国イギリスならではの俳優と舞台との良好な関係性、さらに生の舞台を臨場感たっぷりに届けるための映像チームの尽力も大きいと要因を挙げた。
 
EPADでは8Kカメラを用い、定点で公演を収録することにも力を入れている。
柏木は、「俳優が動くと空気が動く生の舞台のおもしろさが感じられる」と、前日の『眠くなっちゃった』上映鑑賞で感じた定点映像の魅力を語った。
一方でNTLiveの主流であるカット割り映像は、柱が視界に入る劇場の構造をカバーすると同時に、実際の観劇では俳優の表情をクローズアップして観ている客席心情も反映されていると分析した。
 
松田は、今後技術の発展により、手持ちのデバイスで8K配信映像を再生し、観たいところをピンチングで拡大できるようになったり、観劇した自分の目線を録画できるようになるのでは、と、最新技術と観劇体験の新しい可能性を提示。
同時に定点映像の利点として、「特に観劇経験のない人に、テレビドラマや映画と異なる鑑賞体験を提供でき、演劇らしさを感じてもらえる」と、高校で東宝演劇の上映会を行った際の実感を語った。
 
福井は、EPADの8K定点映像が演出家から高評価を得ていることに触れ、「演出家が見せたいものを比較的近いかたちで見せられる」と、8K定点収録は作り手にとってもメリットがあると語った。

福井健策

 


 
7月13日(土)
作品上映前に行われた舞台芸術関係者向けの研修会では、白井佳奈(神戸市文化スポーツ局文化交流課)と福澤諭志(EPAD上映会テクニカルディレクター)が登壇(司会:坂田厚子)。
 
4K定点上映映像のサンプルとして、ヨーロッパ企画『切り裂かないけど攫いはするジャック』、白石加代子の阿部定『百物語 阿部定事件予審調書』(いずれも2023)、さらに過去の名作の複数カメラ収録HD映像として、こまつ座『太鼓たたいて笛ふいて』(2014)を上映した。
 
テクニカルディレクターとしてEPAD上映会を支える福澤は、上映会を通じて得られた、スクリーン位置やプロジェクターの明るさ、投影位置など、より没入感と臨場感をもたらす上映のための様々なポイントを紹介した。
 
今回上映した『眠くなっちゃった』は、福澤自身が舞台監督をつとめた作品。
パブリックシアターの柱の位置と映像の柱の位置を合わせるなど、実際に俳優がそこに立っているかのような等身大の立体感を目指したと語った。
 
最新技術である8Kでの収録・上映と並行して、より手軽さと高品質を両立した形で作品を届けるべく、全国公立文化施設での4K上映会を実施しているEPAD。
兵庫県の神戸文化ホールにて7月4日に4K上映会を行った際は、EPAD持ち込みプロジェクターと、ホールが所持するプロジェクターとの比較検証上映も行った。
白井は、「明るさが低いプロジェクターのほうが、映像で照明の当たっていない黒い箇所がより暗く見えて周囲と合っていた」というスタッフの感想を紹介。
 

福澤諭志
白井佳奈

 


福澤は、「よりリアルに見える等身大上映の調整には、上映場所での観劇体験やリアルな感覚が必要。そのホールのことをよく知る各劇場のスタッフが主導できるようになると良い」と各地での上映会の展望を語った。
 
また、移転整備が予定されている神戸市文化ホールに、EPADの鑑賞ブースの設置を検討中とのことで、白井は、「自宅よりいい環境で観ることができると利用者にアピールし、演劇を見る入り口を作れたら」という狙いがあると説明。
同時に、「生の演劇を見るためには東京に行かないといけない、というのではなく、これを入り口に神戸で生の実演を観る、という状態を作っていかないといけない」と、映像鑑賞と生の観劇をつなげるべく意気込みを語った。
(鑑賞ブースについてはこちら

 
  

 
この日の『眠くなっちゃった』上映後アフタートークには、清藤 寧(NHKグローバルメディアサービス)、福澤諭志(EPAD上映会テクニカルディレクター)、竹崎博人(映像・収録スタッフ)が登壇(司会:坂田厚子)。
EPAD上映会を支えるテクニカルスタッフがそれぞれの視点から語った。
 
本作を含め、実演の舞台監督を多く手掛ける福澤は「空間全体も演出プランのなかにあり、余白に見えるところも演出空間のひとつ。8K技術を使うとそこにいる錯覚を起こすぐらいリアルに見えるため、カット割りしなくても芝居を空間全体で伝えられる」と、作り手の視点から8K定点映像の魅力を語った。
 
EPADの映像収録・上映を手掛ける竹崎は、「定点映像は頭のなかで俳優などを視線で追うため没入感がとても高い」と語る。
舞台映像の現在の主流は複数カメラの映像をカット割りした編集映像。「編集作業は演出家と相談しながら進めるが、その過程で別の主観が入ってしまうことは避けられない。実際の舞台を100%として、映像では50%ぐらいから観たときの感動に頑張って近づけていく作業」だと実感を述べた。
一方8K定点の場合、撮影はカメラを1台置くというシンプルなもの。劇場のどこに置くかによって没入感が変わるため、収録の際から試行錯誤が始まる。「考え方のスタートがまず違う」という。
 

竹崎博人
清藤 寧

 
NHKでの8K放送にあたり、普及と技術の活用展開の取り組みを続ける清藤は、ハイビジョンの16倍の画素を持つ8Kの超高精細映像は、人間の肉眼での見方に近い本物感を感じることができる映像メディアだと語る。
「100インチ程度相当だと、人間の肉眼では画素(画面上の光の粒)が認識できない。すると画面ではなく実物を見ているのでは、と脳が錯覚を起こす」と、8K映像に感じる没入感、錯覚の仕組みを解説した。
『眠くなっちゃった』収録ではSONYのシネマカメラVENICE 2を使用。「生の役者とリアルなセット、さらに投影される映像を一緒に撮るというハードルをうまくこなしてくれた」と手応えを語った。
 
EPADが手掛けていく各公立文化施設での上映会では、より取り回しのしやすい4K上映を前提にしていくことになる。
「各会場に持っていくので、できるだけコンパクトにして会場のかたでも操作できるようなシステムにするのが目標」(竹崎)、「実際に8Kから4Kへの変換を見た限り、ほぼ8Kに近い映像。クオリティを追求した映像上映会だけでなく、コンパクトにフットワーク軽くやっていきたい」(福澤)と、より効率的な上映会に向けた意気込みが語られた。
さらに清藤は、より安価で8K収録ができるスチールカメラやプロジェクター、スピーカーなど、さまざまな条件下での上映会を想定した機材の選択肢を挙げた。
 


 
7月14日(日)
この日はイベント最終日。上映後、ケムリ研究室主宰のケラリーノ・サンドロヴィッチと緒川たまきが登壇。徳永京子(演劇ジャーナリスト)聞き手のもと、アフタートークが行われた。
 

ケラリーノ・サンドロヴィッチ(左)、緒川たまき

 
本作で主演をつとめた緒川は8K等身大上映について、「演劇の現場では皆、「これを客席で観ることができたら」という感想が必ず出ますが、その夢が叶った」と、舞台上の自分をリアルな臨場感とともに観ることの驚きを観客へ伝えた。
 
さらに自身の芝居や作品構造の改善点を見つけ「感動と反省がないまぜになった気持ち」と語り、「何をどうしたらもっとよくなるか考えるのは演劇にとってすごく大事なこと。目標が生まれることで役者も熱量が上がる」と、俳優の視点から意義を語る。そこにKERAが「(ダメ出しをしたくなるので)紙とペンを持ってなくてよかった」と続け、会場の笑いを誘った。
 
そのKERAは、今回の収録・上映に対する機材の充実を挙げ、「気軽に8Kで撮ればいい、と言えるものではないのは理解するが、地方や海外で、実際に人間が移動してセットを組むよりコストがかからず観ていただける機会が作れる」と、高画質での定点映像収録に感じる可能性を語った。
 
今作の大きな特徴である、舞台上の特殊なスクリーンに映像を投影した演出について緒川は、「目の前にはスクリーンがあり、お客様や劇場の様子はまったく見えなかった。実際に拝見するとちゃんと演出が融合していて、見てる人をその世界に連れて行く演出になっていた」と、実演時の心境、演出の成功を確認できた喜びをにじませた。
KERAは、映像担当の上田大樹氏とともに手掛けた今作が、自身のなかでも「最大限映像がシーンを支えてくれている作品」だと語り、「映像を使った演出、サンプルとしても上出来」と語った。
 
映像と同様に重視される音響にも話が及ぶ。
KERAは、「デリケートな音響は沈黙をどれだけ作れるかが基本中の基本。それが難しい。」と苦労を語り、緒川とともに、ピンマイクの導入や換気のためのエアコンの音の許容など、コロナ禍を機に音響面でも変化があったと振り返った。
 
最後にKERAが、「いつか再演したいと思います」と語ると、アフタートーク一番の拍手が巻き起こり、トークは終了した。