【イベントレポート】ミニシアター・鑑賞ブース|EPAD Re LIVE THEATER in Tokyo 〜時を越える舞台映像の世界〜
2024年9月19日(木)〜29日(日)、東京芸術劇場アトリエイーストにて「EPAD Re LIVE THEATER in Tokyo 〜時を越える舞台映像の世界〜」が開催された。
イベントの模様をレポートする。
(取材・文:北原美那 撮影:サギサカユウマ)
EPADはこれまでに2700作品以上の舞台作品映像を収蔵してきた。収集した舞台公演映像の利活用の一環として、2023年度からは各地での上映会にも本格的に取り組んできた。
8K新規収録定点映像の上映会や、立体音響を施した上映など、さまざまな角度からスクリーンを通した舞台作品との出会いを試みているなかで、今回は「名作とともに時代を振り返る、未来を想像する」をテーマに、ミニシアターと鑑賞ブースを展開。
ミニシアターには140インチ程度のスクリーンが設置され、岸田國士戯曲賞受賞作9作品を上映。80年代前後の作品群は、EPADに収蔵されている舞台公演映像のなかでも歴史の古いものだという。
【ラインナップはこちら】
劇団転形劇場『小町風伝』(1978年受賞)
作・演出:太田省吾
1982年 利賀山房での上演を収録
劇団レクラム舎『人類館』(1978年受賞)
作:知念正真 演出:赤石武生
1997年シアタートラムでの上演を収録
転位・21『漂流家族』(1982年受賞)
作・演出:山崎 哲
1981年 旧真空艦劇場での上演を収録
劇団 夢の遊眠社『野獣降臨』(エディンバラ国際芸術祭参加作品)(1983年受賞)
作・演出:野田秀樹
1987年 ロイヤル・ライシアム・シアター(スコットランド・エディンバラ)での上演を収録
劇団3○○『ゲゲゲのげ 逢魔が時に揺れるブランコ』(1983年受賞)
作・演出:渡辺えり
1985年 本多劇場での上演を収録
彗星’86『十一人の少年』(1984年受賞)
作・演出:北村 想
1984年本多劇場での上演を収録
岸田事務所+楽天団『糸地獄1990』(1985年受賞)
作:岸田理生 演出:和田喜夫 共同演出:岸田理生
1990年練馬文化センターでの上演を収録
第三エロチカ『新宿八犬伝 第一巻―犬の誕生―』(1986年受賞)
作・演出:川村 毅
1990年シアターアプルでの上演を収録
劇団離風霊船『ゴジラ』(1988年受賞)
作・演出:大橋泰彦
1989年相鉄本多劇場での上演を収録
合わせて、各作品の岸田國士戯曲賞受賞当時の選評と、演劇評論家の西堂行人が監修した現代演劇史年表を展示。年表は1960年〜2023年にかけて、重要作品の初演や演劇史上の出来事、当時の社会情勢や事件が併記されたもの。展示概要にて「芸術運動としての演劇史は、日本文化の中で社会を動かす役割を担っている」と語られるとおり、日本現代史と、今日名作とされている作品との密接な結びつき、歴史的経緯が一望できる。
関連企画としてトークイベントも開催。
23日(月)に行われた『1980年代の日本の演劇を語る』では、今回の上映作品のひとつ『漂流家族』(転位・21)作・演出の山崎哲が、西堂を聞き手にトークを繰り広げた。
西堂は、そもそも80年代が、60、70年代と比べ理論化が充分に行われていないことを指摘。そのなかでも小劇場演劇は、現在のように演劇マーケットが巨大化する以前、時代の先頭を走る象徴的存在だったと語る。「バブル」という語に象徴される軽薄さの印象で語られがちな80年代演劇だが、同時代を生きた実感としては異なるといい、まさに深く壮大な演劇の代表として、82年に岸田戯曲賞を受賞した『漂流家族』を挙げた。
山崎は、70年代に上京し唐十郎の率いる状況劇場に入団。71年には劇団「つんぼさじき」を立ち上げる。当時の小劇場演劇を牽引し「アングラ御三家」とも称された唐、鈴木忠志、寺山修司を慕い、それぞれ親交が深かった山崎。その三人が70年代後半、同時期にそれまでのスタイルを変えたこと、山崎自身も劇団を解散しようと考えたこと、83年の寺山の死去などを述懐し、時代の流れとともに「アングラが終わった」と強烈に感じた経験を語った。
80年代の演劇の変節は「アングラの世代が持っていた運動の理念がないところで芝居を始めたから」と指摘する山崎。60年代の安保闘争を経て日本の民主主義の再構築という課題を抱えていた世代であるアングラ御三家は、歌舞伎、能、見世物小屋といった伝統との接続を通じ「演劇を巨大な視点のなかに取り戻したい」という共通する動きがあったと語る。だが70年代オイルショックを契機にした日本の消費社会化、80年代から顕著になっていく社会の均質化を通じ、日本社会は戦後を切り捨て過去と断絶していく。社会の変遷のなかで演劇にも変化が起こったと論じた。また自らは、プロ・アマの境がなくなり幼稚化していく日本の演劇のなかで「大人の芝居をやりたい」と考えていたとも述懐した。
西堂は山崎の話を受け、「戦前から戦後に生まれて作ってきた文化が継承されなくなった。その分水嶺が80年代だった」と振り返る。「そのなかで小さいながらもいろんな試みがあった」と、社会の変遷のなかで新たに生まれたものに目を向けた。
演劇を、生活から切り離されたものとしてではなく、生活や日常、ときにはままならない身体のなかに見出す山崎の語るいきいきとした演劇史は、その前日におこなわれたトーク[くわしくはこちら]の中で木ノ下と新里によって語られた「映像に映らない時代の空気感」をまざまざと伝えてくる貴重な時間となった。
*
連日、80年代を中心に日本現代演劇の歴史的名作が上映された本イベント。
最終日の29日(日)16時からは『野獣降臨』(劇団 夢の遊眠社)が上映された。作・演出の野田秀樹は1983年に本作で岸田賞を受賞した。
ボクシンググローブを肩かけた「アポロ獣一」と、ケネディ宇宙センターのあるヒューストンとの通信で幕が開ける本作。宇宙服を着た獣一が「月の兎」と出会い、物語が一気に加速する。
岸田賞選評で井上ひさしが「言語遊戯が場当たりの爆発を行うばかりではなく、新らたな神話を推進するための基本燃料となる。その力業は、いつもながらみごとなものだ」と、戯曲にみなぎる創造的なエネルギーを評したとおり、俳優たちは長台詞を駆使し、舞台上を縦横無尽に跳ね回る。
清少納言や紫式部が登場し、聖書、古事記、『十五少年漂流記』など、古今東西の物語が召喚される本作。神話世界と科学が結合し、現実とフィクション、宇宙と顕微鏡の世界、過去と現在、ミクロとマクロを往還する物語は、夢や無意識に似た連想を感じさせながら、伝染病が引き起こす恐慌と排除の論理など、おそらく上演当時、そして映像を観る現在にもたしかにアクチュアルに響いていく。
今回の映像は、劇団初の海外公演となる1987年エディンバラ国際芸術祭参加での上演を収録したもの。DJの小林克也が弁士として参加。ときおり俳優と掛け合いを行う姿も見られた貴重な映像となる。
本イベントを締めくくる上映として流された伝説の作品。スクリーンで観ようと駆けつけた満員の観客の熱気にも満ちた上映となった。
今回の上映に対する感想も温度の高いものが寄せられた。アンケートでは、「噂に伝えきく公演を観ることができて感無量」(『小町風伝』)といった、伝説の舞台作品を画面越しではじめて観られた感激や、80年代小劇場を当時見ていた観客からの「当時の臨場感、躍動感を感じられました」(『新宿八犬伝』)といった感想、「ライセアムで千秋楽を見ましたが、その時の興奮を思い出しました」(『野獣降臨』)と、かつての観劇の記憶が呼び起こされた体験も語られた。
また、「多くの劇団で上演していますが、やはりオリジナルはおもしろさが格別」(『ゴジラ』)、「深海洋燈『吸血鬼』を観て、劇団オリジナルの演出はどんなものなのか、と興味を持って鑑賞」(『糸地獄1990』)といった、後に続いた作品から関心が紐づいて鑑賞にいたった感想も見られ、連綿と続く舞台作品の歴史、それらを主体的に繋いでいく鑑賞者の存在感もあらためて強く感じられた。
映像や音質は現在見慣れている映像から見れば粗いものだが、「映像は多少悪くとも、当時の勢いを感じることができました」(『野獣降臨』)、「記録映像を超えるものではないが、当時の空気感を知る者であれば頭の中で補うことはできるので貴重」(『ゴジラ』)と肯定的な反応も多く見られた。80年代前後の岸田戯曲賞受賞作というラインナップと映像の粗さがある種親和性を持ち、作品の持つ時代的な革新性や事件性を別の角度で照らし出すような鑑賞体験となった。
舞台作品のアーカイブを収集し、利活用の可能性を模索するEPAD。今回のイベントは、歴史的な個々の作品の強度のみならず、一時的な切断や継承をも含んだ演劇史の連続性をさまざまな形で感じさせる機会となった。
アーカイブを未来に届けるための多様な活動に今後も注目したい。