EPADパートナーインタビュー:スターダンサーズ・バレエ団/総監督・小山久美
EPADでは2022年度から、デジタルアーカイブの活用をより推進していくため、舞台芸術に関わるいくつかの団体やスペース、フェスティバルとパートナーシップをむすんでいる。舞台芸術のアーカイブの意義とは何か。EPADとパートナーシップをむすぶことにどのような可能性があるのか。スターダンサーズ・バレエ団総監督の小山久美に話を聞いた。(取材・文:山﨑健太、写真:前田立)
バレエを映像として残すこと
——EPADとのパートナーシップの話を聞いて考えたこと、パートナーシップを進めていく際に困難だったことを教えてください。
私個人は昭和音楽大学のバレエ研究所の所長としてアーカイブに携わっているのでアーカイブ自体には親しみを感じています。スターダンサーズ・バレエ団としても公演を映像として記録することはこれまでもやってきているんですけど、でもそれはあくまで記録用としてのことで、それを第三者に公開するということには抵抗がある人間も多いと思います。
バレエの場合、舞台映像を公開するかどうかには特に振付家・演出家の意向が大きく関わってくるので、そこの理解を得るところが最初のステップでした。もちろん、未来に向けて現在の文化芸術の様子を残していくことの意義は理解できるんです。それでも、作り手としては見せるからには最高のものをという気持ちが強い。だから、2022年11月に収録していただいた『くるみ割り人形』も、公演中にどうしても許容できないミスなどがあった場合は収録した映像は表には出さないという条件をEPADさんには受け入れていただきました。幸い、収録の回の公演はうまくいきましたが、実は同じ日の11時の回では舞台転換の不具合があって。一般のお客様は、おわかりにならなかった方も多かったみたいですけど、その回で収録していたら公開にオッケーは出なかったと思います。
——バレエ公演の映像を公開するのは困難な場合が多い?
海外の振付家の作品の場合は特に難しいことが多いですね。振付の著作権を管理している団体に連絡をして許可を得ますが、いくら教育目的の、限られた用途でしか見せないと言ってもアーカイブにすること自体をNGだと言われることが多い。彼らは自分たちの手の届く範囲で振付や作品を保存していきたいんだと思います。だから、わたしたちのような外部の団体がアーカイブとして残すことが必要とは思ってない。舞踊界も少し前までは著作権に対する意識が薄く、流通した映像から振付が真似られてしまうこともなくはなかったので、危機管理の意味もあるんだとは思いますが……。
それで、今回EPADさんには、主にうちのバレエ団の常任振付家である鈴木稔の作品と、加えて海外の振付家の作品でも今回の事業に理解を示してくださった方の作品をいくつかお預けすることになりました。
変わりゆく舞台映像の活用方法
——バレエ界ではこれまで、舞台の映像はどのように記録・管理されてきたのでしょうか。
バレエ団はどこも自分たちの公演の記録映像を保管しています。スターダンサーズ・バレエ団でも、全ての回を撮っているわけではないんですけど、基本的に全ての公演の記録映像を残しています。うちの場合は古い資料は整理してしまったものもありますが、他のバレエ団では地方公演を含めて全ての公演で全回撮影して資料も保存しているというところもあります。
——他のジャンルと比較するとバレエの方は記録映像を残すことへの意識が高いようですが、記録した映像はどのように使われているのでしょうか。
うちの場合、再演のときに振付を確認するのに映像を見るのが一番よくある使い方です。おそらく他の団体もそこは同じだと思います。あとはダンサーが自分の踊りを振り返るために使うことも多いですね。うちでは映像の持ち出しはできませんが、バレエ団内の機器を使ってダンサーが自分で映像をチェックするということは各自でできます。
記録映像を外部の方に公開するということはバレエではあまりやっていないと思います。2019年にスターダンサーズ・バレエ団でクルト・ヨース振付の「緑のテーブル」という歴史的にも価値のある作品を再演した際には、公演の前に作品のバックグラウンドなどを紹介するのと合わせて1977年の初演の映像をご覧いただく機会を設けましたが、こういうイベントも含めて、映像をPRに使うということに関しては、最近になってようやく意識されはじめたところだと思います。特にSNSは映像が入った方がずっと反応がいいということを担当者も言いますし。でも、もちろん舞台の記録映像をそのまま使えるわけではない。これまでは本当にただ記録のために撮っておかないと消えてしまうという脅迫観念めいたもので舞台を撮っていましたが、今後は撮った映像をどう利用するのかというところまで考えながら記録を残していくことが必要になってくるのだと思います。
バレエ研究所とアーカイブ
——小山さんが所長を務めてらっしゃるバレエ研究所について教えてください。
バレエ研究所は2006年に設立されて今年で16年になります。設立から今まで、バレエ教育やバレエに関する国内外調査など様々な事業を行っており、アーカイブ構築はそのひとつにあたります。アーカイブに関しては、そもそもバレエ関係者の方々からご寄贈いただいた公演プログラムがバレエ研究所にありましたので、はじめはそうした公演プログラムコレクションを基にして、いわゆる公演記録をデータとして整理していくという程度だったんです。当時から記録を残していくということの意義は感じていましたが、実際にアーカイブを作ってみると検索のシステム一つとってもうまくいかなかったり、煩雑なバレエ情報をシステム化する大変さに直面したりして、やっていくうちに難しいことがたくさんあることがわかってきました。
それでアーカイブの専門家の方を探し、ちょうどご縁があってアーカイブ研究の第一人者である国立情報学研究所の高野明彦先生と繋がることができて。今のような利用しやすいデータベースになりました。
合わせて、デジタルでのデータのアーカイブだけではなく、書籍など紙の資料なども含めた総合的なアーカイブとして研究所をやっていこうというコンセプトがだんだん固まっていきました。それまで、バレエの資料というのは各バレエ団が全部バラバラに持っていて、たとえばバレエの研究者は資料を一つずつ、団体ごとに探していかなければならないような状態でした。そこをある程度集積して一元化する作業が必要だと考えるようになり、バレエに関する書籍や市販品のDVDなども含めて、そこに行けばバレエに関する情報が手に入るという存在を目指しました。2014年に日本バレエ団連盟という統括団体ができてからは連携して、加盟団体からプログラムを提供していただいたりもしています。
——研究所は研究者以外にどのような方が利用されるんでしょうか。
バレエ研究所が運営している「バレエアーカイブ」には毎日数百のアクセスがありますし、それ以外の問い合わせも多くなってきています。メディアがバレエを扱う際に問い合わせが来るとか、文化庁が統計資料みたいなものが必要になったときに電話がかかってくるとか。バレエについて何か知りたいときはまずバレエ研究所に聞くということにはなってきています。
アーカイブ自体の話からは少し離れるんですけど、バレエ研究所ではバレエ学習者の全数調査をやっているんです。2011年に初めて調査したときのバレエ学習者40万人という数字は学会でも発表しました。学術的にも認められたということでそのあたりから報道関係でも取り上げられるようになりました。また最近は日本にはどのくらいのバレエコンクールがあるのか、海外のバレエ団がどのような運営をしているのかという調査もしています。どちらもコツコツと地道に調べていくしかやりようがない調査ですが、そういう対外的にアピールできる根拠のある数字があることもバレエ界の下支えになるはずだと思ってやっています。
保管するアーカイブから活用するアーカイブへ
——バレエ界のアーカイブの今後やEPADに期待することを教えてください。
アーカイブの使い方というのは今も知らないことがいっぱいあるかもしれないんですけど、これからまた変わっていくものだと思います。たとえば、舞台の記録映像についても、宝塚の話を聞いて私の考えはまだまだ古いなと思ったんですね。というのは、宝塚では公演期間中にもうその公演のDVDを発売するらしいんです。しかも、あらかじめ撮影の日は決まっていて、ミスがあってもその日の映像をDVDに収録する。そういう一連の展開が全部、ファンを夢中にさせる戦略になっているんですよね。
同じことを毎回やるのがプロだと言っても、バレエというのはうまくいったときと失敗したときの差が比較的大きく、公演の出来は水物性が強い部分があります。。だから自分たちの公演を収録するときも、失敗したら映像はお蔵入りというようなことをどうしても考えてしまう。でも、宝塚のDVDの話は、そういう失敗が映り込んでいること自体がファンにとっては別の価値を持つものになるということでした。それを聞いて「どうせ出すなら一番いいものを」と当然のように思っていた私の考えがちょっと崩されたように思ったんです。
そういうことも含めて、舞台映像の使い方は今後も柔軟に考えていかなければならないと思っています。アーカイブというとどうしても保管することに頭がいきがちなんですけど、これだけテクノロジーが発達して、映像を見ることや映像から情報を得ることが当たり前になっている世界では、アーカイブとして残っている映像も活用しなかったら意味がないと最近は思うようになりました。だから、そのための道筋を作ったり提示したりということをEPADさんの役割としては期待したいですね。