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2023.01.04

レポート:8K特別上映 こまつ座 2022年7月上演『紙屋町さくらホテル』

8K映像を劇場で上映する

8Kカメラで収録された舞台芸術映像にはどのような可能性があるのか。2022年11月24日(木)、デジタルアーカイブ学会『第7回研究大会(沖縄)』のプレイベントとして「8K特別上映 こまつ座 2022年7月上演『紙屋町さくらホテル』」が那覇文化芸術劇場なはーとで開催された。(取材・文:山﨑健太 写真:桑村ヒロシ)

 

『紙屋町さくらホテル』は井上ひさしの代表作の一本。広島への原爆投下によって被曝した移動演劇隊「さくら隊」の丸山定夫らをモデルにフィクションを交えて紡がれたこの物語は、新国立劇場中劇場の開場記念公演として1997年に初演され、その後も繰り返し上演されてきた。今回の上映会では2022年7月の紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAでの上演(演出:鵜山仁)を8KカメラとDolby Atmos®︎で収録したものを8K対応のプロジェクターで上映(音響はDolby Atmos®︎で収録したものをステレオに変換しての上映)。

上映会後には井上麻矢(こまつ座代表)、福井健策(骨董通り法律事務所代表/EPAD実行委員会/緊急事態舞台芸術ネットワーク常任理事)、吉見俊哉(デジタルアーカイブ学会会長/東京大学大学院教授)によるトークも行なわれ、8Kカメラによる舞台芸術映像やその上映会の意義がさまざまな視点から検討された。

 

新しい鑑賞体験を可能にする8K

舞台芸術を撮影した映像が上映あるいは配信されるとき、これまでは複数台のカメラで収録した映像を組み合わせるかたちで編集したものが主流だった。だが、今回上映された『紙屋町さくらホテル』の映像は8Kカメラ1台で舞台の全体を捉えるかたちで撮影したもの。それを8K対応のプロジェクターから舞台上の巨大なスクリーンに投影することで生まれる新たな映像体験を観客に体感してもらい、その効果や意義を検証するというのが今回のイベントの趣旨だ。

定点で撮影された無編集の舞台映像と言われると退屈そうな印象があるが、高精細・大画面・立体音響での上映は、それを劇場で見る観客を、生の舞台を見るのにも近い状態に促すような効果があり、休憩込み3時間超という長時間の上映ながら、作品の面白さを十分に堪能できるものになっていた。劇場で舞台を見るのと同じように、とまではいかないものの、そこにある新しい鑑賞体験としての可能性を感じられる上映会だった。

舞台体験だからできること

 

時空間を超える舞台映像

トークは登壇者それぞれが「舞台映像だからできること」「舞台映像のアーカイブの必要性」「舞台を映像で見たいか」という三つの質問に答えるかたちで進行し、興味深い話題がいくつも展開された。以下ではその抜粋をお届けする。

福井健策
福井健策(骨董通り法律事務所代表/EPAD実行委員会/緊急事態舞台芸術ネットワーク常任理事)

冒頭ではまず、EPAD実行委員会の福井からEPADの活動の概要が改めて説明された。「舞台映像の力は時間と空間を超えられること」だという福井は、実際に劇場に足を運んで作品を見ることができる人は少数だが、舞台映像ならば劇場に足を運べない人にも作品を届けることができるとその意義を力説。そこには劇場からは遠い場所に住む人や子育て世代、高齢者などはもちろん、後の世代の(たとえば100年後の)人々も含まれている。

井上麻矢
井上麻矢(こまつ座代表)

それを受け、こまつ座の代表の井上は「自分たちは舞台は儚いからこそ美しいと思っていたところがある」と振り返りつつ、今回の8K上映も含め、映像として作品を残していくことで、父・井上ひさしの「作品を後世の人に残したい」「より多くの人に届けたい」という思いを実現することができると感慨を述べた。

吉見俊哉
吉見俊哉(デジタルアーカイブ学会会長/東京大学大学院教授)

一方で吉見は『紙屋町さくらホテル』で舞台上に登場するのはほとんどが戦争で亡くなった死者であることを指摘。そのような作品が沖縄という地で上映されたことの意義に触れた。これは冒頭の「舞台映像は時空間を超える」という福井の発言とも呼応するものだ。

吉見はさらに、インドネシアの影絵芝居・ワヤンクリを引き合いに出しつつ、今回の8K上映にもそれと似た印象を受けたと言う。生身の人間が人形を使って上演をしたものが影という2次元に変換され、それを鑑賞するというワヤンクリのあり方が、今回の8K上映会と観客の関係にも近いところがあるのではないかというのだ。

それに対して作り手の側の立場から井上が指摘したのは、8Kの映像には上演当時の時代感をも凝縮して捉えられているということ。画面に映らないものまで映像が捉えているように感じたという感想は8KカメラとDolby Atmos®︎によって収録された情報量の多い映像だからこそ出てきたものだろう。

福井は、2022年度のEPADでは井上作品の舞台を40本収蔵することになっていることにも言及。なかでも『父と暮らせば』は出演者の異なる四つのバージョンを収蔵するのだという。異なるバージョンを見比べることができるのは映像ならではの楽しみ方だ。

上映会のアンケート

 

さらなる舞台映像の可能性へ

「舞台を映像で見たいか」という問いには三人が三人とも「生の舞台と映像は別」と答えつつ、それでも舞台映像とその上映を肯定的に捉える発言をしていた。福井はロンドンのロイヤル・ナショナル・シアターによる舞台映像「ナショナル・シアター・ライブ」が世界中の映画館や配信で楽しまれていることに言及。だが、舞台作品が映像として楽しまれるためには、作品の内容はもちろん、映像としても楽しめるものになっていることが重要だ。今回の8K上映会は多くの人が楽しめる新しい舞台映像体験を創出するための試みの一つだ。EPADでは今後も8Kを含めた舞台映像の上映会を各地で実施し、その成果を検証していく。