【レポート公開】舞台映像協会×EPAD「8Kでの収録や上映の技術標準化に向けた検証会」
舞台映像協会×EPAD「8Kでの収録や上映の技術標準化に向けた検証会」が2023年6月23日・24日に紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYAにて行われた。
(取材・文:北原美那 写真:宮田真理子)
EPAD(舞台芸術アーカイブ+デジタルシアター化支援事業)は2020年のスタート以来、舞台芸術映像の収集に取り組んできた。各上演団体が持つアーカイブ映像の収集に加え、舞台作品の高品質での新規収録も行い、舞台芸術映像のデジタル・アーカイブ化事業を進めてきた。
その利活用の一環として、高品質収録作品をはじめとしたアーカイブ映像の上映会も行っている。今年度はすでに4回の上映会が決まっているほか、首都圏以外でも開催する予定だ。
作り手と観客が時間と空間を共有しながら表現される舞台芸術。その一回性の表現の収録と上映には、どんな可能性と課題があるのか。最新技術と舞台現場の知の蓄積は、どのような新しい鑑賞体験をもたらすのか。検証会はその問いを浮き彫りにさせた。
検証会は2日間にわたって行われた。初日は、これまでのEPAD事業のなかで収録された、「ザ・ドクター」(PARCO、2021年)、「cocoon」(マームとジプシー、2022年)、「ペール・ギュント」(SPAC、2022年)各冒頭10分程度の8K映像の、8Kプロジェクター上映からスタートした。
上映であらためて確認できたのは、高品質収録による映像の質の高さだ。
「ザ・ドクター」では、冒頭から患者の生死に関わる緊迫した状況が続く。それぞれの俳優の表情が鮮明に見えるとともに、病院内部のセット上手手前の開口部から差し込む強い光が、観客には見えないが煌々と照らされている空間の存在感を際立たせ、そこで何かが起こることを予見させる。
「cocoon」では、少女たちが舞台の全面を常に動き回るが、その動きにゆるやかに追従する白色の衣装のしわや素材感まで感じ取ることができる。舞台を手前と奥で区切る薄膜の向こう側には、作品の舞台である沖縄の自然やチャプターのタイトルがスクリーンに映し出され、役者の生命力と、舞台装置の繊細さのコントラストが印象に残った。
「ペール・ギュント」は、舞台上にサイコロの目をつなぎ合わせた双六のような意匠が施されている。マス目から役者が飛び出、再び落ちていく動きが鮮明に映し出されることで、目に楽しい驚きと期待を増幅させる。この作品は舞台の脇で楽団が演奏する音楽劇だが、暗さを保ちながら、楽団や指揮の動きを視認することもできる。
いずれも視界に映る細部まで克明に認識することができ、作品の雰囲気まで感じ取ることができる記録映像であることは間違いない。
3作品の上映に続き、「ブレイキング・ザ・コード」(ゴーチ・ブラザーズ、2023年)8K収録映像の上映が行われた。先の3作品と同じ撮影機材と、今回新たに提案された撮影機材で収録された、2種類の映像を続けて観ていく。
どちらの映像も、舞台装置の模様や質感、俳優の表情などを鮮明に捉えている。比較すると1本目のほうが全体的により明るく、くっきりと見える印象で、2本目は、暗転に近い冒頭シーンでの仄かな明暗差が表現されるなど、中間的な明るさが繊細に表現されていた。
4作品の上映ののち、収録・上映検証用のテスト撮影が行われた。舞台上の数人のスタッフがさまざまな動きをしている様子を、先に挙げた2種類の機材で撮影。撮って出しができる機材の映像を、観客席中央付近に置かれた4Kモニターで上映し、映像の鮮明さ、光の拾い方や全体的な明暗などを確認していく。この映像は、翌日にも上映の検証として用いられることになる。
舞台上を8Kで撮影、リアルタイムでモニターに映す。
撮影終了後、今年度からEPAD事業と連携して高品質収録に関わる8K技術有識者による機材の説明と、各専門家のフィードバックも交えた意見交換の時間が設けられた。
2種類の機材を、機能の違いや本体のサイズ、メモリ容量や継続撮影時間など、様々な点から比較検討していく。技術の進歩と普及により可能になることを確認していくと同時に、舞台芸術特有の現象、たとえば花道や客席に降りる演出といった手前と奥の移動、あるいは暗転や明転など照明のコントラスト等が、8K撮影技術とどのように相性が良く、あるいは課題となる点なのか、お互いの知見を出し合いながら、積極的な意見交換が続いた。
収録機材は2種類が用意され、収録映像の比較も行われた。
最後に、映像の臨場感、没入感をより増やすための試みとしていくつかのアイデアが提案され、翌日の検証に繋げることとしてこの日は終了した。
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2日目は、より劇場での鑑賞体験に近づける試みとして、昨日の「ザ・ドクター」「cocoon」のトリミング位置を変更したデータを上映した。カメラや座席位置も含め、収録時・上映時のさまざまな調整も、鑑賞体験に大きく影響を与える。
さらに、4Kプロジェクター4台を使っての「ペール・ギュント」上映も行われた。4Kプロジェクター複数台での上映は、機材コストの削減だけでなく、スクリーン上に投影されるルーメン(光源の総量)の合計値が増え、8K映像をより鮮明に見せることにも繋がるという。上映の質を保ちながら各地で上映会を行うために欠かせない検討箇所だ。
昨日会場で撮影した8K映像の等身大上映も行われた。スクリーンと同じ場所で撮影され実寸に近いサイズで上映される高品質映像の臨場感、没入感は大きく、照明を落とした客席から観ると、写っているひとたちが現前していると錯覚するに足るものだった。途中、撮影に参加した被写体のひとりが上映中に袖から姿を見せ、客席がどよめく一幕もあった。
初日に撮影した映像を上映する。
撮影場所が同じであることに加え、投影するサイズや角度により、違和感はほとんどなく、その場にいるようにも見える。
最後に、2日間の収録・上映検証を踏まえ、各専門家によるフィードバックと意見交換が行われた。
あらためて使用機材や撮影方法など、今後の新規収録における基準を検討するとともに、撮影・上映に関するさまざまな課題とその対策が議論されていく。
今年度から使用機材に新たな選択肢が加わったように、技術の進歩と普及により、より高品質での収録が期待されるが、もちろんそれだけですべての問題が解消されるわけではない。
たとえば舞台表現には欠かせない暗転も、現段階の8K収録・上映環境では、劇場での上演のような完全な闇を作り出すことは難しいといった課題もある。
映像に没入するような鑑賞体験のためには、収録・上映画質だけでなく、スクリーン選びや照明の位置など、多角的なアプローチも必要ではないかという意見も上がり、技術を活かすための知見に基づきながら、舞台芸術に適正化した収録・上映を考え選んでいく必要があることが、議論のなかであらためて確認された。
また、今回は映像に特化した検証会のため具体的検討には及ばなかったが、音響や、座席設定も含めた空間設備も鑑賞体験を大きく左右するだろうことも、参加者のなかで共有された。
フィードバックでは各専門家が知見を交わした。
今回の検証会では、課題も多く見えてきたものの、上映会の目指すべき地点があらためて参加者のあいだで明確に共有されていった。
各地で上映会を開催し鑑賞機会を増やすことで、舞台芸術をより多くのひとに開いていくこと。それに向けて、より鑑賞体験の質を高め、多くの開催を可能にするための意気込みと展望が感じられた。フィードバックの最後に参加者から「公演と違って、一度撮っておけば、何回上映しても役者が疲れることもない」というユーモラスながらある意味で実務的な感想がこぼれたのも印象的だった。
8K映像撮影・上映と、劇場空間での舞台制作、双方の技術や培った知見を活かす試みの先には、参加者に強いインパクトを残した「等身大上映」のように、舞台芸術の上演と上映の間を近づけるだけではない新しい可能性があるのかもしれない。
この検証会で発見された課題や新しい試みが、秋以降の上映会でどのように観客の心を揺さぶる体験に繋がっていくか、今後の展開を注視していきたい。