Report
2023.12.14

【レポート公開】トークイベント「収益強化における舞台映像の可能性を語る」|EPAD Re LIVE THEATER in Tokyo〜時を越える舞台映像の世界〜

2023年10月11日〜10月22日に行われた東京芸術祭の直轄プログラム「EPAD Re LIVE THEATER in Tokyo〜時を越える舞台映像の世界〜」で行われたトークイベント「収益強化における舞台映像の可能性を語る」。佐藤玄氏(PARCO)と松田和彦氏(東宝株式会社)が登壇し、川添史子氏を聞き手に、8K舞台映像の歴史から公演映像の収益化の実情、今後の展望まで、まさに舞台の裏側に関するリアルを語った。(以下、敬称略)
(取材・文・写真:北原美那)
 
■「EPAD Re LIVE THEATER in Tokyo〜時を越える舞台映像の世界〜」会期レポートはこちら
【前半:https://epad.jp/articles/report/33548/
【後半:https://epad.jp/articles/report/33550/

 

松田和彦氏(東宝株式会社)

 

高画質定点映像のメリット

東宝で海外作品の上演権の交渉やDVD事業に長く携わり、近年は新規事業も手掛ける松田は、東宝の8K映像開発事業の第一のきっかけとして、2020年のコロナ禍を挙げた。相次ぐ公演中止は経済的ダメージもさることながら、数年単位で準備してきた公演が行えなくなることによる作り手側の精神的ダメージも大きい。さらに全公演が中止となれば、そもそもどんな作品だったのかも残らない。そこで、われわれが普段目にする2K画質の16倍の画素数を誇り、「オペラグラスで見ても顔がボケない」程高画質の8K映像で実際の公演映像を撮り、コロナ中止公演の代替として上映できないかと研究を始めたという。
 

実際は、8Kについて世間的な認知が進んでいないこともあり公演中止の代替上映は実現しなかったというが、2022年ニッショーホールにて「アルキメデスの大戦」8K映像上映を行った。そのリアルさは、「上映中の写真を撮ると、どう見ても実際に上演しているようにしか見えない写真になった」ほどだったと語る。

 

佐藤玄氏(PARCO)

 

佐藤はその「アルキメデスの大戦」を鑑賞し、今そこで演じられているかのような臨場感に驚いたという。また、画質だけでなく、定点撮影であることにも着目。高画質映像により、小道具や役者の表情、衣装の質感など、舞台上の隅々まで確認できる記録性もアーカイブとして価値があると、8K公演映像の利点を挙げた。

 

そんな佐藤はPARCOで25年演劇に携わってきた。WOWOWなどでの公演のテレビ放送に加え、2000年頃からはDVD制作や演劇の生放送など、劇場へ足を運べない観客に対しても作品を届けてきたと語る。

今年の2月にPARCO劇場で行われた「笑の大学」公演では、演劇収録のスタンダードである多カメラ撮影だけでなく8Kでの定点映像も収録し、7月には公演と同じPARCO劇場にて400インチのスクリーンで等身大上映を行った。没入感は大きく、演出家も観客も満足する臨場感があったといい、「編集の入らない8K定点撮影には、クリエイターが提示したものをそのまま伝えていける魅力も感じた。未来に残したいというときに記録媒体として一番有効だ」と、上映で感じた手応えを語った。

 

左から、川添史子氏、松田和彦氏(東宝株式会社)、佐藤玄氏(PARCO)

 

これに松田も同意。教育現場への演劇作品の導入として都立高校でミュージカル「四月は君の嘘」8K定点映像を上映した際、ミュージカルを観ること自体が初めての生徒たちに、舞台全体を鑑賞してもらえる良い機会になったと語った。

劇場にいるかのような没入感をもたらす画質、客席からの定点画角と、カット割りなしの記録としての正確性という、8K定点撮影の利点が実感を伴って挙げられた。

 

広がる8Kの可能性

新技術として注目される8K映像には、演劇鑑賞にとってどんな可能性があるのか。新しい可能性として松田が例に挙げたのが、NHKエンタープライズの動画配信プラットフォーム「8Kオペラグラス」。スマホやタブレットで好きな演劇作品を観ることができ、さらに画面の好きな箇所をピンチング(画面拡大)することもできる。動画自体が8K収録のため、〝推し〟の表情など任意の箇所をアップにしても高画質を保つことのできる鑑賞体験は、長年DVD事業を手掛けてきた松田をして「どの俳優のファンの方も満足させる理想のDVDを作るのは難しいと思っていたが、これなら解決できる」と実感させるもので、新しい価値があると述べた。

 

大画面の鑑賞に耐える高画質の公演映像は演劇のポータブル化を可能にする。佐藤は、多忙な俳優のスケジュール調整の難しさや近年のコロナ禍など諸事情による海外公演の難しさを挙げ、高画質映像による作品の越境について期待を寄せた。「笑の大学」のように各国で現地俳優による翻訳公演が行われている作品ならではの、8K映像での日本オリジナル公演の海外上映や、世界各国版の公演を8Kで撮影・日本で上映するといった、グローバルに評価される名作の映像展開について構想を語った。

 

その際、佐藤が「こんなことができるのか、と驚いた」と紹介したのが、愛媛県の坊っちゃん劇場が2018年から開催している、日本を含めアジア各地の演劇作品を8Kで収録、日本で上映する「アジア8K映像演劇祭」。そして、同じく坊っちゃん劇場で上演された「誓いのコイン」が、2019年のロシア・オレンブルグでの国際演劇祭で8K上演されたことに触れ、「坊っちゃん劇場、NHK、日本のメーカーのフロンティア・スピリットに感銘を受けた」と語った松田。両者ともに、先駆者としての坊っちゃん劇場の試みを高く評価し、現在につなげていることもうかがえた。

 

認知度を高めていくために

8K収録・上映の没入感の高さ、記録としての価値、低コスト化による新規事業の発展について、業界内でも期待されているが、今後どのように周知、利用されていくべきなのか。

 

佐藤は、8Kでの収録映像を海外で上映することで、作品自体はもちろん、日本発の8K技術が海外でも広がり需要を増やす可能性を挙げながら、ビジネスだけでなく文化事業としての価値を挙げ、公的サポートの必要性を語った。

松田も「『8Kとはなんぞや』という状態を早く脱したい」と同意。8K技術を体験し身近にするための例として、8K専門上映劇場の設立や、公共劇場での8K収録・上映機材導入といったアイデアを提案した。

 

公演の高品質収録の促進には、上映環境の増加が不可欠と指摘する両氏。司会の川添が、EPADをはじめコロナ禍で始まった各団体を越えた連携が、引き続き舞台芸術業界の活性化を促すことへの期待を語ると、佐藤も同意。小劇団や小劇場など撮影予算が取りづらい団体についても、劇場側や、EPADのように各団体を越えた業界内の連携によってサポートができるのではないかと、企業や団体の垣根を越え協力し合うことの重要さを語った。

 

同じくコロナ禍で盛り上がったものに「公演の映像配信」があるが、松田は、配信の熱はコロナの収束とともに収まりつつあり、映像配信の収益化がどのように定着するかは未知数と語る。例えば大劇場での公演の配信では通常10台以上のカメラを入れるなど投資コストも大きいのだが、業界外からは「配信による収益化」ですべて解決すると誤解もされがちだと、舞台映像の利活用に期待を寄せつつも、現場ならではのリアルな感触も語った。

 

 

演劇を残していくこと

川添は、コロナ禍で実感したという、海外の演劇映像アーカイブの豊富さを挙げ、「公共劇場だけでなくさまざまな劇場での公演が抜け落ちなく残っていることが、日本の演劇を語る上でのバリエーションとして重要だ」と、収益化とのバランスを慮りつつも、劇場の性質に依らない網羅的なアーカイブの必要性を語った。
 

佐藤は、舞台映像の収録はテレビ放送など発表の場があるかどうかに左右されがちな状況があると語り、そうした場に依存せず記録保存を促進するEPADのアーカイブの考え方は意義深いと評価した。「25年ぶりに公演する「笑の大学」に「伝説の舞台復活」とキャッチコピーをつけたところ、本当に「伝説」すぎて、存在を知らなかった若いスタッフもいた。演劇は過去のものに触れる機会がないと本当に知らないのだと実感した」と語り、「その場で生まれてなくなる」演劇の良さを肯定する気持ちも持ちつつ、記録として現在の高品質メディアで残していくことの重要性を強調した。

 

松田は、「暗闇のなかで空間時間を共有してひとつのものを見る」という演劇の本質的な営み、そこで観客の心に起こる作用について触れながら、EPADのアーカイブ事業に対し、記録としての重要性とともに、「誰かが撮っておいてくれることは「自分の生きてきた時代が無駄じゃないんだ」とつながっていく思いがある」とアーカイブに対する安心感を語った。「EPADのように網羅的な事業は心強い。ぜひこのまま続いてほしい。」と期待を寄せた。