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2024.01.22

【レポート公開】EPAD Re LIVE THEATER in Ehime~時を越える舞台映像の世界~

「EPAD Re LIVE THEATER in Ehime〜時を越える舞台映像の世界〜」が12月16日(土)・17日(日)、愛媛県東温市の「Great Sign 坊っちゃん劇場」で行われた。
2日間にわたり、舞台公演映像の8K等身大上映とトークが行われた今回のイベントについてレポートする。
(取材・文:北原美那 撮影:元屋地伸広)
 
会場となった坊っちゃん劇場は2006年に設立。全国的に珍しい地域拠点型劇場として、四国や瀬戸内圏の歴史や文化を題材にした舞台作品を制作上演。自主制作のミュージカル作品を 毎年1年間上演し、地域に根ざした劇場として愛媛の魅力を全国へ発信している。
 

 
16日14時から上映されたのは「ブレイキング・ザ・コード」(2023)。現在のコンピュータの基礎となる計算機を開発し、第二次世界大戦ではドイツ軍の暗号解読に寄与した天才数学者アラン・チューリングの姿を描いている。
 
舞台は戦後のイギリスから始まる。空き巣に入られたチューリングと警官の取り調べでの、彼の不自然な証言を皮切りに、時間軸の交錯した様々な場面が積み重なり、彼の人生の様相が明らかになっていく。
ひとつひとつの場面がチューリングの人間性を伝えてくる。才能も熱意も比類なき天才数学者で、周りの空気が読めず、他人の悪意にも気づけないいっぽう、無邪気さ、深いやさしさ、未来を志向する明るさを持つ。歴史に名を残す大人物、あるいは理不尽な法の犠牲者としてだけではなく、まさに等身大のひとりの人間の、奥行きを持った多面性が観客に伝わっていく。
 
8K収録・等身大上映の映像は、まるで今そこで舞台が行われているかのような臨場感をもたらす。それがよくあらわれていたのが、休憩を挟んだ2幕冒頭、出身校で講演を行うチューリング(亀田佳明)のひとり芝居のシーン。舞台前方に立ち、聴講する学生たちに語りかける姿は、いま舞台上で観客のわれわれに語りかけているような錯覚を得るほど臨場感がある。
さらに高精細映像は、チューリングだけでなく、家族や友人など、彼とともに時間を過ごした人たちの微細な表情や仕草も捉えていく。彼らがチューリングに隠していること、言葉にはしない感情、語らない過去など、明確にせずとも確かに観客に伝わってくる繊細な感情のドラマがある。
さまざまな演出もその繊細さに寄与する。ある時は木漏れ日のような光で再会のあたたかな時間を照らし、ある時は何もかも暴き晒すように強く青白い光が空間を染めていく。その様は言葉より雄弁だ。冒頭から流れていたヴァイオリンの音色は中盤でその意味を明らかにし、この作品がひとりの人間の様々な瞬間をとらえた記憶の織物だと気づかせる。
 
演技や演出、複雑なものを複雑なまま届けようとする作品が、8K等身大映像の豊かさで余すことなく届けられた時間となった。
 
上映後には笹岡征矢氏(「ブレイキング・ザ・コード」プロデューサー/ゴーチ・ブラザーズ)が登場し、アフタートークが行われた。
 

 
冒頭、8K等身大上映について感想を求められると、その臨場感を絶賛。小道具の配置や角度まで細やかに作り上げた作品が、高い再現性で上映されたことへの喜びを語った。
 
自身の初プロデュース作に、1986年初演のヒュー・ホワイトモアによる戯曲を選んだ理由として、実在人物を取り扱っていること、現在のAIやChatGPTを彷彿させるせりふもあることから、現在にこそふさわしい作品と感じたことを語った。
キャスティングでは、ミュージカルや小劇場、映像など、活躍の場が様々な俳優を集めたかったと語り、特に主演の亀田佳明については、別作品での独白シーンを観て「せりふと心とのつながり、言葉を大切にするかた」だと感じ、本作へのオファーを決めたという。
 
松山市出身の笹岡は、地元ダンススタジオに通ったことをきっかけに、市民ミュージカルなどに出演後、劇団四季に入団、2014年まで俳優として活躍した。地元愛媛に作品を届けられた喜びと感謝とともに、公演が難しい日本各地の劇場にも映像で作品を届けることで「若い世代が演劇を観る機会が増えるとうれしい」と、映像で演劇作品を届ける意義を語った。
 
観客からの質問も活発で、地元ならではのあたたかさに満ちた時間となったアフタートーク。郷里でのさまざまな再会にも喜んだ笹岡は、「次はキャスト、スタッフとともにこの愛媛の地に戻ってきたい」と、公演への意欲を見せた。
 

撮影:HASEGAWA PHOTO Pro.

 
翌17日14時からは、公益財団法人スターダンサーズ・バレエ団「くるみ割り人形」(2022)が上映された。
当初想定していた座席の範囲を拡大して増席するほど多くの観客が訪れたこの上映。クリスマスの夜の物語は、キャストの踊り、身体表現はもちろん、音楽や舞台、衣装や小道具に至るまで、この時期にぴったりの華やかさで劇場をいろどった。
 
今作の演出・振付の鈴木稔氏(スターダンサーズ・バレエ団常任振付家)は会場で観劇。「劇場で見ると臨場感があり、以前の上映時と印象が変わった」と、23年1月の天王洲電市での上映会とも比較しつつ、劇場で上映される8K等身大映像の臨場感を高く評価した。
 
作り手から見て「光量が足りずすべてが見えづらい場面があった」と課題が感じられる点を挙げつつも、定点撮影とバレエとの相性の良さを感じたともいう。
「バレエは舞台の上で起きていることを、人が〝勝手に〟見るんです。誰かを追う必要がないし、誰を追ってもいい。特に一幕に関しては、カメラでアップにしたり、追いかけたり、カット割りを変えたりするよりも、定点の撮り方が正解だと思いました。見逃しがあってもいいんだな、と感じました」と語る通り、舞台の端まで作り込まれた演技や演出を、実際の観劇のように思い思いに堪能できる上映となった。
 
上映後はトークセッション「8K映像等身大上映による舞台芸術の可能性と未来について語る」が行われ、越智陽一氏(一般社団法人坊っちゃん劇場代表理事)、松浦茂之氏(三重県文化会館副館長兼事業課長)、松田和彦氏(東宝株式会社)が登壇。
 

撮影:北原美那

 
上映されたばかりの「くるみ割り人形」について登壇者たちは、「8Kの特徴である、奥行きを感じる立体感がよく感じられた」(越智)、「どこを観てもきちんと映っていて、劇場での観劇のように視線の自由さを味わえた。全身表現をするダンサーを丸ごと記録するのに、8K定点の撮影方法が合っている」(松田)と、バレエと8K映像の相性の良さを指摘した。
また、自身が副館長をつとめる三重県文化会館で4K上映のテストを行った松浦は、「条件を満たせば、今まさに劇場に立っているような錯覚、没入感が定点映像で得られる。今日あらためて8K作品を観て、手の先までのあらゆる輪郭が美しいと再確認した」(松浦)と、今回の8K等身大上映で作品の素晴らしさを伝えた臨場感、没入感について分析した。
 
早くから演劇作品の映像化に取り組んできた坊っちゃん劇場。越智によれば、舞台作品の8K収録に取り組み始めたのは2015年のこと。「誓いのコイン」ロシア公演が成功し、翌年も招かれたものの、海外渡航の高コストに苦慮。
「舞台を忠実に映像化できれば、もちろん生の臨場感には及ばないが、美しいストーリーや音楽、ダンスなど多くのものが伝えられるのではないか」と、翌年から映像化に取り組んだ。
当初は2K多カメラによる編集映像を制作したが、舞台演出家の意図が伝わりきらない。やがて8Kカメラ開発者と出会い、「鶴姫伝説」を8K収録。以降、これまでの坊っちゃん劇場の作品はすべて映像化しているほか、東京で上演される2.5次元ミュージカルなどの8K収録・上映会も行っている。
越智によれば、「舞台芸術は作り手と受け手が時間と空間を共有するもの」と定義づける舞台芸術関係者から「映像化はタブーだ」と言われたこともあったという。そんな中コロナ禍を経て、舞台関係者がEPADを組織し舞台映像のアーカイブ化や収録、上映などの仕組みを作った。「これまで舞台を映像化してきたが、世の中に認められていない存在のような時間が続いていた。EPADができて、舞台を映像化するという新たな価値観が生まれたということで、たいへん心強い」と語った。
 
松田は今回の上映を通じて、映画における国立映画アーカイブのような、EPADの収集したアーカイブを日替わり上映する演劇専門アーカイブシアターという構想を語った。フランスの映画運動ヌーベルヴァーグの隆盛に寄与した、新旧名作を上映していたシネマテーク・フランセーズの存在を重ね、「演劇は、時代の雰囲気を写し取るのはうまいが、過去の遺産を活かして次のものを活かすのは不得意。EPADのアーカイブで毎日過去の作品を上映し、そこに若者が安価で通い、ありとあらゆる過去の演劇を見たうえで出てくる次の演劇に期待したい」と未来を見据えた。
 
松田の提案した、映像でのレパートリーシアター案に対し松浦は、三重県文化会館で2ヶ月間設置した鑑賞ブースで実感した地方での演劇需要を振り返りながら、オープンスペースでの歴史的名作鑑賞と組み合わせた上映会を提案。
公共ホールにスクリーンとプロジェクターさえ持ち込めば上映会が開け、「劇場が毎日なにかを提供することになれば、日本の演劇の上演状況を画期的に変える」と、全国での演劇普及に願いをこめた。
 
越智は「日本の演劇は99%が東京周辺で作られ、98%が東京周辺で消費される。地方に来るのは1〜2%」という日本の演劇文化に関する発言を引き、「地方の人達が一流の舞台芸術にいつでも触れる機会、環境が必要」とEPADの事業に期待するとともに、今後も地方の声を伝えていきたいと語った。
松浦も同意。鑑賞ブースで使用した大画面8Kモニターを、学校や福祉施設、図書館など、様々な場所へ設置し演劇の間口を広げていく展開や、高い没入感をもたらす劇場空間での上映を今後も追求していきたいと語った。
 
両日ともに、普段から坊っちゃん劇場に通い親しんでいる様子の観客たちも多く見られた今回のイベント。今後もこうした上映会を通じてさまざまな地域に舞台芸術が届き、観客との出会いの機会が生まれることを期待する2日間となった。