Report
2024.01.16

【レポート公開】EPAD×東京芸術祭 2023 ファーム共同企画/長沼航「You cannot rest in peace」

★EPAD×東京芸術祭 2023 ファーム共同企画とは
東京芸術祭ファームとは東京芸術祭の人材育成と教育普及を目的に2021年にスタートしました。今回、ファームに参加している方々より公募によって協力者を募り、「EPAD Re LIVE THEATER in Tokyo」のレビューやレポートを書いて頂きました。ここではその中よりいくつかご紹介させて頂きます。
 
★「EPAD Re LIVE THEATER in Tokyo~時を越える舞台映像の世界~」概要
https://epad.jp/news/32138/
 

EPAD×東京芸術祭 2023 ファーム共同企画/長沼航「You cannot rest in peace」

上映作品:蜷川幸雄七回忌追悼公演「ムサシ」

撮影:田中亜紀

 
僕が演劇を見始めたのは2016年の夏ごろで、そのとき蜷川幸雄はすでに死んでいた。
だからもう蜷川作品を生で観ることはない。
 
と思っていたが、どうやら蜷川の死後も氏の「演出」作品の上演は続いているらしい。EPADに収蔵されている『ムサシ』は蜷川の7回忌追悼公演のもので、「オリジナル演出」に蜷川の名前がクレジットされている(演出は吉田鋼太郎)。数世紀も前の劇作家ウィリアム・シェイクスピアの戯曲を繰り返し上演した演出家は、死んだあと自身の演出もまた繰り返される存在となったわけだ。
 
『ムサシ』は芸事に取り憑かれた人々の物語だ。主人公の武蔵とその敵役の小次郎は剣術の達人であるし、幕府の柳生宗矩は所構わずいきなり能を舞い始めてしまう能狂い、寺の大檀那である木屋まいも昔は舞狂言で各地を渡ったという。そもそも舞台設定が禅寺であり、主要な登場人物らは寺開きの参籠禅に来ているわけで、これも上述の芸事と合わせて修行を経てある境地に達する「道」の一つとして数えても良いかもしれない。登場人物たちは修行の日々を過ごすが、すぐにふざけたり、自分の一芸を披露し始めたりしてしまう。そんな軽妙なやり取りに上演/上映双方の会場で笑いが起きていた。
 
だが、ちょっとシリアスなシーンとかも挟んで2時間ほどが経過したところで明かされるのは、今まで見てきたほとんど全てのシーンが壮大な(?)劇中劇だったということだ。唐突などんでん返し。武蔵と小次郎以外は何らかの理由で死んでしまった人間たちの地縛霊であり、2人の殺し合いをやめさせるために一芝居を打ったのだという。霊たちの提出するテーゼは「生きているあいだは命を大切に」という凡庸極まりないもの。僕が感じ入るのは、この平凡なメッセージそのものよりも、そんなことのために霊たちが知恵を絞り最後まで役を演じ切ったことであり、その役がどれもこれもある芸事に邁進せざるを得ない不器用で愉快な人間たちだったということだ。
 
この作品を追悼公演に選んだのがどこの誰かは知らないが、つくづく蜷川も地縛霊のようなものだ。生きているあいだ演劇作品を多数手がけたのに、死んだ後でもミイラのように演出が保存され上演され続ける。まだまだ休めないようですよ、蜷川さん。
 
ちなみにこの作品は「ユニバーサル上映」にも対応しており、僕が見た回ではバリアフリー字幕と音声ガイドが提供されていた。
 
ちょうど僕のまえに耳の聞こえない方が座っており、自分の席からもその方が使用している字幕用タブレットが目に入った。藤原竜也と溝端淳平がとにかく叫び続け、しかも井上ひさしの描く時代物ということもあって、元々耳で聞いただけでは正確な文言を把握しにくい台詞が多いこの演目。何を言っているのかわからない場面が頻出する。もちろん劇場にいれば言語だけでなく「熱演」そのもの、つまり発話のテンポや俳優の存在感それ自体が重要な情報となるだろうが、上映においてはそうもいかない。そんなときに聴者としても字幕があって助かる機会があり、こうした選択肢が「障害者のための配慮」として特別視されるのではなく、より一般化することの重要さを素朴に感じた。なお、俳優の声を聞き分けたり、画面上の誰がセリフを喋っているのか把握しづらいろう者の方にとっては、僕には役立った字幕も使いにくかった様子。どんどん使われ、どんどん改善されていってほしい。